中島美嘉の「雪の華」のカバーだ。

この曲で彼はさらに進化した姿を見せたと感じた。

 

彼が「演歌歌手」というカテゴリーを外すと言って、ポップスの楽曲を主体に歌う活動にシフトして一年が過ぎた。

その間、私は出来る限り、彼の歌を聞いてきた。

オリジナルアルバム「Papillon」や今回の「白い衝動」をはじめ、カバー曲など、これまでの彼のポップスには、いつも彼のエネルギッシュな歌声の曲が多かったように思う。

「ボヘミアン・ラプソディー」などはその最たる代表曲ともいえるもので、彼の持ち味である張りのある歌声がなければ、到底成立しない楽曲だったとも言える。

それぐらい彼は、演歌で鍛え上げてきた歌声をそのままポップスの世界に持ってきていた。

それは演歌というジャンルとは全く正反対の音楽性を持つジャンルへの挑戦とも感じられた。そして、この一年で彼の歌は大きく変化したと、今回の「雪の華」を聴いて思った。

 

「雪の華」は、Aメロ、A’、Bメロ、B’、サビ、という曲の構成が2回繰り返された後に、Cメロ、C’、サビで終結する。

今まで彼が好んで歌ってきたポップス曲、ロック曲と大きく違うところは、サビの部分以外は、全て語りのメロディーになっているところだ。

即ち、サビ以外の部分のメロディーをどれぐらい消化し表現できるかで、この曲の出来が決まる。なぜなら、サビのメロディーは歌手の気分が高揚していくように上行形のメロディーラインになっているからで、この部分は声量のある歌手なら、誰でも歌える。しかし、その他の部分は、言葉が非常に重要で、言葉の処理能力と表現力を要求される構成になっているからだ。この部分をどれぐらい歌えるかで、楽曲のイメージが大きく異なってくる部分でもある。

このサビ以外のフレーズの処理の仕方が、今回の氷川きよしは見事だった。

あー、また進化した、と思った。

 

歌い出しの部分、彼は力を抜いて、訥々と言葉を並べていく。

低音部の処理が演歌の発声とは全く違い、完全に響きだけで処理している。どこにも余分な力が入っていないのである。

そして今までの彼の歌い方と一番違うと感じたのは、Bメロ。

「風が冷たくなって 冬の匂いがした」から始まるフレーズだ。

このフレーズの音色は、今まで彼が歌ったどの曲にもほぼ使われていない。

この響きを固定して、ビブラートを消し、ストレートボイスのソフトな響きの歌声というのは、私の記憶の中にある彼の歌声にはなかったものだ。

このフレーズを聴いた時、本当に上手くなったと思った。

彼の中で、完全に演歌臭が消えたと感じた。

どこから見ても、彼はポップス歌手であり、それ以外の何者でもないと感じさせるほど、「響きを抜く」というポップスの定番とも言える歌い方が身についていた。

 

ファンの中には、彼が演歌をずっと歌い続けると言ったという人もいるだろう。

確かに42歳までの歌手氷川きよしは、紛れもなく演歌歌手だった。

しかし、この一年の活動を見て、彼が演歌を彼の中の一つのジャンルとして捉えているのであって、決して主流ではないということを感じる。

それは彼の選曲や、普段の服装、言葉の表現などに現れている。

 

私は氷川きよしが、ポップス歌手として成功するには、豊かな声量のコントロールがどこまで出来るかにかかっていると思っていた。

演歌の歌い方の響きのままでポップスを歌うと、それは確かにファンの言うように、「演歌」と「ポップス」の融合体である彼にしか歌えない「氷川きよしのポップス」なのかもしれない。

しかし、それでは、既存のファンは納得出来ても、新しいファン層を開拓することは難しい。

新しく彼のファンになる人達は、演歌の氷川きよしのファンではなく、ポップスの氷川きよしのファンなのである。その人達が、過去の彼の演歌を聴いて、カッコいい、とは思っても、おそらく満足しきれないだろう。なぜなら、彼らは、ロックを歌い、派手なパフォーマンスをし、エネルギッシュに歌う氷川きよしがカッコいいと思ってファンになったからである。その人達は、当然、彼にロックやポップスの歌を期待する。

彼がポップスに挑戦する、アーティストを目指すということは、自分のファン層を新たに開拓していくことであり、新しい感覚の持ち主であるファンを取り込んでいくことが出来なければ、歌手として進化することは出来ない。

当然、そこには既存のファンとの葛藤や摩擦が生じる。

それでもそこを乗り越えていかなければ、彼がアーティストになることは難しいのである。

だから、この一年は、彼は公私共に既存の自分のイメージを壊し続けた一年だったと私は思う。

批判を承知で、あえて新しい姿を見せ続けることで、既存のイメージを打ち破っていかなければ、歌手としての進化はないのである。

そうやって、彼は既存の歌い方や、選曲、パフォーマンス、イメージなどを作り替えてきた結果が、今回の歌に現れていると感じる。

 

従来の彼の課題であった、言葉の語尾の処理、語尾の響きの抜き方、また、張りのある歌声と抜いた声による色彩感のある歌の世界。

これらの課題を見事にクリアしていると感じた。

 

2番のサビの部分から、Cメロ、そして再度サビに戻ってくる最後の部分では、従来の彼なら、声量に任せて歌い飛ばしていくところだろう。これでもか、これでもかと強い歌声で押してくる歌い方をする部分であるが、ここでもCメロの語尾で響きを抜いてきている。

こういう歌い方は、以前の彼には出来なかった。

 

氷川きよしは、確実に進歩している。

その進歩は、彼が音楽に真摯に向き合っている証拠であり、彼の真面目な一面を現している。

 

来年、彼はもっと上手くなるだろう。

進化し続ける歌手は非常に魅力的だ。