この曲は彼の曲の中でも好きな曲だ。

玉置の「行かないで」は絞り出すように歌う彼の歌声が過ぎ去ったものとの距離を感じさせ、なんとも物悲しい。

その曲を絢香とコラボした。

 

絢香の歌いだしは色のない世界。

この人の特徴であるエネルギッシュな歌声を全て削ぎ落として、切々と言葉を綴っていく。

Bメロになって音楽が動き出すと彼女の芯のある歌声が少しずつ少しずつ色味を帯びてメロディーの形を私たちの前に差し出してくる。

「行かないで、行かないで」

彼女のこの言葉は相手に伝えるために差し出された言葉だ。

どうか行かないで、と彼女は歌う。

 

これに対して最初から色のある歌声で玉置はこの歌を歌う。

色のある世界は自分に言い聞かせるように訥々と綴っていく。

「行かないで、行かないで」

彼はこの言葉を誰にも言わない。

ただ自分の心に言い聞かせるように歌うだけだ。

ああ、行ってしまったのだ、と彼は後ろ姿を見ながら思う。

 

2人の世界観の違いがよく出ていたコラボだった。

 

絢香は過ぎ去ろうとするものを引き寄せ、自分の元へ戻そうとする。

玉置は過ぎ去ったものの背中を見つめるだけだ。

 

2人の人生の立つ位置の違いがそのまま歌に投影される。

活気溢れる30代。

何もかも自分の力でなんとかできると信じている時代だ。

 

今まで辿ってきた道のりを振り返ろうとする60代。

まだ振り返りたくはない。

でも過ぎ去ったものにすがる情熱は残っていない。

 

僅かにハミングでコラボしていくメロディーだけが2人の音楽の世界を交錯させる。

 

人生の縮図のような「行かないで」だった。