ジェジュンがCDTVに出演して歌った「Ray of Light」を聴いた。

完全に声が戻っていると感じた。それは彼のこの日の歌声がどの声域においてもポジションが上になっているのが聴き取れたからだ。

この日の彼の歌声はどのフレーズもどのパートも全て上顎から鼻腔にかけての部分に響きが載っており、一切喉に落ちていない。即ち、昨年秋以降から感じてきた彼の喉声に対する懸念がなかった。

それが一番わかるのは、この歌のサビの部分である。サビからクライマックスにかけて、この曲はさらに音域が上がりメロディーラインが高音を維持する。

この部分で昨年のうちに録音されたであろうCDでは、全体の発声ポジションが上顎に届いていない為、高音部において、さらに喉にポジションが落ちてしまっている。そのゆえ高音の連続のフレーズでは、下から突き上げたような歌声になっており、喉を詰めたような歌声になっている。

しかし、この日の歌では全ての音域において喉に声が落ちていない。中・低音域は慎重に鼻腔に響きを入れて歌われており、そのポジションのままで高音域に向かってブレスを多く吐いている。高音部においては、さらに鼻腔から額にかけて響きが入れられており、喉には一切落ちていない。

 

この日の歌では、このところ感じていた喉を締め付けるような突き上げたような歌声はなく、柔らかで綺麗な響きの歌声が披露されている。(もし余裕があるなら、CDと今回の歌声を聴き比べてみるとよくわかる)

このポジションは先日のNHKの「The Covers」の時よりもさらに意識的に上顎に響かせようとする彼の意思を感じることが出来るものだ。

 

 

今回の歌では彼の歌声はどの音域に於いても、顔の前面に響きのポジションを取るフェイスボイスのポジションになっている。

このポジションのままで、もっとブレスを混ぜて歌うと、かつての透明感のある歌声を取り戻すことができる。それが証拠に音域の高くない「BRAVA!!✖️3」においては、既に綺麗な透明感のある歌声になっている。それゆえ、かつて東方神起時代の歌声に似ており、実は音域が高くないにも関わらず、彼の歌声が高く感じる高次倍音が存在する状況になっている。

 

 

歌において、ブリージング(呼吸法)は非常に大切なツールで、「ブレスに始まりブレスに終わる」と言うほど、呼吸法は歌の基礎を為すものである。

彼の場合、特にブレスを意識的に混ぜて歌う為、発声ポジションがどこにあるかによって実際の歌声に大きく影響する。

昨年後半以降に彼の歌声に感じた違和感は、発声ポジションが低いということだった。

きちんとフェイスボイスのポジションに入りきっていない為にどんなにブレスを混ぜてもポジションが上がらず喉に落ちた状態で歌っている。声が出にくい為に力で押して声帯をくっつけようとする。益々、声が出にくくなり、力で押したような歌声になって高音が出しづらい、という悪循環になっていた。

その原因として考えられるのが彼の中でのポジション感覚のズレである。

彼の感覚と実際に出ているポジションとにズレが生じてしまっている為、歌声が鼻腔に響いたり、響かなかったり、という状態になっていたと思われる。

その感覚のズレを先日の「The Covers」では修正してきているのがわかった。

 

さらに今回の歌声では、ポジションのズレの修正のみならず、上顎から鼻腔、額にかけて響きを入れていくフェイスボイスのポジションに意識的に歌声を入れようとする意思を強く感じた。それゆえ高音部では突き上げたような歌声が消え、綺麗な響きの歌声になっている。このポジションのままブレスの量を増やして行けば、もっと伸びのある透明感のある歌声を取り戻していくことになると感じる。

 

歌は非常に繊細な技術によって成り立っている。

本人が自覚し、少し感覚を修正するだけで、実際に発せられる歌声は大きく異なる。

その差は僅か何ミリという世界の感覚だ。その感覚を身につける為に歌手は何百回も何千回も声を発してボイストレーニングする。

それほど、ボイストレーニングは、歌うということの全ての面でも基盤になる。この基礎力が落ちてしまうと、その上にどんなに立派な家を建てても砂上の城と同じように脆く崩れやすい。崩れた時にはポリープや結節という落とし穴が歌手を待ち構えているのである。

 

「歌は声だけでなく表現力が大事であって、表現力が優れていれば発声などどうでもいいではないか」という意見もあるだろう。しかし、歌は「発声」と「表現力」という二つの車輪から成り立っているものである。

どんなに表現力が優れていても、それを実際に表現するだけの声を持っていなければ人に伝えることは難しい。

なぜなら多くの人は、先ず歌手の歌声に惹かれるからである。表現力はその次に来るものであって先ずは歌手の外観力を現す「歌声」がどれぐらいの力を持っているかが大きな要素になる。その上で「表現力」が評価されやすい。掠れ声でどんなに上手く歌われても人を感動させるのは難しい。なぜなら人間の耳は心地良い音に反応するからである。

そういう意味で、歌手にとって「発声」は大きな車輪であり、もう一つの「表現力」という車輪との両輪のバランスが取れているほど多くの人を感動させることが出来ると言える。

 

ジェジュンの場合、表現力においては申し分ない。だからこそ多くの聴衆を虜にすることが出来る。後は発声を元のポジションに戻すことだけだった。

彼の場合、喉の奥が縦に大きく開いて歌っている為に日本語の発音に適した発声になっている。そういう点からしても日本語の歌でポジションを取り戻しやすいと言えるかもしれない。

 

いずれにしても、今回のポジションを彼が完全に自分の感覚の中に取り戻せるかどうか、しばらく彼の歌番組での出演で確認したいと思う。