NHKで放送された「映画音楽は素晴らしい」での平原綾香の歌唱にはあらためて彼女の歌手としての歌に対するスタンスを見る思いがした。

彼女がこの番組で歌った「Calling you」は1989年の「バグダッド・カフェ」のテーマ曲である。

この曲で彼女は音色のオンパレードのようなテクニックの高さを見せつけた。

 

冒頭は低音から始まる。

彼女の低音は低くソフトに幅を持って響く。しかしそこから中音域へと移行する。

中音域は見事なフロントボイス。いわゆる顔の前面に綺麗に響きが当たり抜けていく。芯のある、それでいて固くない混じり気のない澄んだ綺麗な響きが展開されていく。

そして高音だ。

この高音は彼女の場合2種類ある。

1つは中音域の響きをそのまま高音に移行させたもの。綺麗で澄んだ高音の芯のある響きが展開される。

そしてもう1つは、ハイトーンボイスだ。

これは非常に細い響きで、響きだけを中心に集めたもの。

響きの先が尖っており、その先端で高音域を開いていく。

 

まるで発声のお手本のような歌声だった。

彼女の音域の広さは言うまでもなく、チェンジボイスが圧巻である。

低音域の次にはハイトーンボイス。

ハイトーンボイスの次には中音域という風に、変貌自在の歌声はまるで魔法のようだ。

 

彼女はデビュー以来、ずっと声の鍛錬を続けてきた。

それはその時その時の楽曲の歌声に現われている。

近年の彼女の発声は、デビュー当初のチェンジボイスをコントロールしきれない不安定さが完全に消え、中音域の透明感が増した。

即ち彼女は間違いなく進化し続けているのである。

これは彼女の鍛錬の賜物であり、ただひたすらう「歌」というものに真正面から取り組み続けている証しでもある。

 

これほどのテクニックを持ちながら、彼女の歌は、決して自分の音楽をオーディエンスに押しつけてこない。

そっと自分の音楽を提示するだけであり、それは音楽の世界に寄り添ったものである。

自分の解釈を楽曲に押しつけるのではなく、寄り添って表現する。

演奏者としてのスタンスの芯の部分がブレていない。

テクニックに走ることなく、才能に溺れることなく、声量をひけらかす訳でもなく、

それでも彼女の音楽はきちんと成立しているのである。

 

 

昨年、彼女のコンサートに行った時に、その音楽のジャンルの広さと音楽性、また声を駆使した表現力の幅は他の歌手の追随を許さず、平原綾香独自の世界を紛れもなく確立していた。

玄人好みのコンサートは、現在の日本のJPOP界のレベルの高さを証明するものでもあった。

 

彼女の魔法のような歌声の裏側に、彼女の血の滲むような弛まぬ努力の世界がある。

いつまでもその美声を保ち続け、私達を声の魔法の世界に連れて行って欲しい。

そう思った。