今日はフロントボイスについて書きたいと思います。

私のレビュー記事の中に何度も登場するフロントボイスは、いわゆるブロードウェイ唱法と呼ばれるもので、顔の前面に声の響きを持ってくる歌い方のことを言います。

この唱法の最も特徴的な面は、「声が老いない」ということと誰でも「3オクターブ」の歌声が出せるようになる、ということです。

またフロントボイスは、歌を歌うための発声法のように考えられていますが、そうではありません。歌だけでなく、アナウンサーや声優、役者など「声」を使う人達に広く適用される発声法で、さらにセミナー講師や教師といった人前で話す職業の人、また一般の人も身につけることが出来る発声法です。

 

なぜ、「フロントボイス」を身につけると声が老いないか、と言えば、それは声のポジションがその人にとって最も自然でベストなポジションに当たるからで、そのポジションさえ身につければ、声は一生変わりません。若い頃の声を維持し続けることが出来るのです。

 

私は大学3年の時にこの発声法に出会いました。

当時、フランスのクラシック界第一人者であるジェラール・スゼー氏から直接手ほどきを受け、帰国したばかりの歌手にこの発声法を徹底的に指導されました。

関西のクラシック界はその頃、ベルカント唱法というイタリア式の発声法が主流で、私ももちろんその指導を受けていました。ただ私は元々ビブラートがある声で声帯が強くなかった為、その唱法が合わず、声帯炎になり、喉を傷めてしまったことから、ソプラノからメゾソプラノへの転向をしたばかりでした。

声帯を痛めた経験から、ベルカント唱法が合わないのを感じていた私は、その歌手のリサイタルに行き、それまで知っている発声法とは全く違う唱法に惹かれて指導を受けたいと直談判しました。そうやって、3年間、徹底的に発声法を指導されました。それが顔の前面に全ての声の響きをポジショニングする発声法だったのです。

その発声法を身につけると、それほどトレーニングしなくても、発声練習しなくても、いつでもどこでも楽に声を出せるようになりました。さらに以前、出なかった高音域まで楽に声を出せるようになったのです。それからもう何十年も経ちますが、私の歌声はその頃と全く変わりません。というより、最近はその頃よりももっと高音で歌うことが出来ます。また話し声も変わらないのです。

私はいつもそのポジションで話している為に何時間話しても声が枯れません。喉が疲れないのです。仮に疲れた、声が掠れてきたと感じた時は、ポジションをさらに顔の前面に意識して入れるようにします。そうすれば声が元に戻るのです。

これがフロントボイスの特徴です。

フロントボイスの練習は、最初にブリージングと言って、呼吸法を徹底的に習います。これがいわゆる一般的な発声法と大きく違う点で、ブリージングを身につけると、その次には、話声のポジションを習得します。そうやって自分の声を顔の前面に持ってくる感覚を養い、ポジションを身につけてから歌の練習をしていくのです。

話し声のポジションの延長に歌声があり、呼吸法があって発声があるのです。あくまでも先に呼吸があってから、その呼吸に声を載せていくのが歌う、ということだという理解をします。ですから、誰もが歌うことが楽に出来るようになります。

自分の声に自信のなかった人達も、この発声法を身につけることで自分本来の声を取り戻し、自信が持てるようになります。その延長線上に「歌う」という行為があるのです。ですから、発声法を身につけると「歌う」ことが出来るようになります。

 

今まで何十年も歌を指導する中で、当然、多くの人にこの発声法を指導してきました。コーラスや声楽をする人達はもちろん、音声障害を患った教師や人前でプレゼンする講師の仕事をする人達もです。

 

レビューを専門で書くようになって多くのJPOP歌手の歌声を聴いていますが、JPOPの歌手の中にもフロントボイスを身につけている人がいることを知りました。小田和正はその典型的な歌手の一人だと思います。この発声法だとチェストボイス、ミックスボイス、ヘッドボイスというチェンジボイスが非常に滑らかに行われます。その為、ヘッドボイスをミックスボイスに多めに混ぜたり、チェストボイスにヘッドボイスを混ぜたり、ということが出来るようになり、非常に音域が広くなります。その手法を身につけている歌手は何人かいます。また部分的にフロントボイスになっている歌手は少なくありません。

また、ミュージカルを歌う人達にこの唱法が多いのは、この発声法が欧米や日本以外のアジア圏で主流となっている発声法であるからのように思います。最近はブロードウェイミュージカルを上演することが多いので、ブロードウェイから直接スタッフがやってきてトレーニングをする機会に恵まれるのだと思います。その為にフロントボイス発声法を自然と身につけるのではないかと思います。

昨年秋に東京で拝見したブロードウェイミュージカル「ボディーガード」の出演者の誰もが見事にフロントボイス唱法でした。欧米人の発声はまるでフロントボイスのお手本そのものだったのを記憶しています。

 

昨夜、城田優の歌声を聴きながら、見事なフロントボイスになっていると感じました。彼の場合、高身長であるにも関わらず、非常にハイトーンボイスであり、高音をファルセットで抜くことがほとんどありません。綺麗にエアーの流れに載せて高音を歌い飛ばしています。あの歌声がフロントボイスの典型的な例だと思います。

多くの歌手は、高音部になると響きが抜けるのではなく、喉につっかえたようになります。けれどもフロントボイスのポジションを身につけている人はそうはならず、またファルセットで抜くことも少ないです。ミックスボイスのまま、うまくヘッドボイスを混ぜて歌い飛ばします。これは、顔の前面にしっかりと響きを入れていくことで、どんなに高音でも響きが喉に落ちないからです。

これがフロントボイスの特徴でもあります。

 

フロントボイスの発声法について、文章で伝えられるように考えていきたいと思います。

多くの人に「フロントボイスで若返る」ということを体験してもらえたら、と思います。