たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

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今回は今年デビュー21年目を迎え、新しい境地を開いている中島美嘉を扱います。J-POPの世界で、数少ない女性アーティストであり、デビュー当時から圧倒的存在感を放っていた彼女独特の世界観や、人物像、これまでの軌跡を辿ってみたいと思います。

デビューは、主題歌とヒロインと…

中島美嘉は1983年生まれの39歳。鹿児島県日置市郊外で生まれ育ち、中学2年生の時に家族で鹿児島市内に引っ越し後、1998年に福岡市に単身転居、モデル活動などをしていました。

その後、彼女は、たまたま友人が作った曲のデモテープの仮歌を歌います。それがソニーのスタッフの目に留まり、2001年、ソニー・ミュージックエンタテインメント主催のボーカルオーディション「SD SINGERS REVIEW」に合格、同年11月7日にシングル『STARS』をリリースして歌手デビューをしました。

この曲はドラマ『傷だらけのラブソング』の主題歌であり、さらにドラマで彼女はヒロインに大抜擢されるという、非常に恵まれた形でのデビューとなりました。

1stアルバムが発売3週間でミリオンセラー

2002年には1stアルバム『TRUE』を発売。オリコン初動(発売日からの一週間、もしくは最初のオリコン結果発表する月曜日までの売上のこと)1位、さらに発売から3週間を待たずミリオンセラーを達成。

累計売上、117.2万枚という大ヒットになり、日本レコード大賞最優秀新人賞など数々の新人賞を受賞して、同年年末の紅白歌合戦に初出場を果たし、その後、病気による活動休止までの7年間、連続出場をしました。

2003年に発売した2枚目のアルバム『LØVE』は、オリコン初登場1位になり、発売から1ケ月足らずでミリオンセラーを記録、累計150万枚以上を売り上げました。同アルバムは韓国でもヒットし、5万枚を売り上げて、韓国でのJ-POPトップ歌手としての地位を固めたのです。

さらに日本レコード大賞にてベスト・アルバム賞・金賞・作詞賞を受賞しています。2005年には矢沢あいの人気漫画を原作にした映画『NANA』で主役のNANAを演じ、主題歌『GLAMOROUS SKY』もヒット、自身初のオリコンシングルチャート1位を記録。年間オリコンシングルチャートで女性唯一のトップ10入りを果たしました。

この映画では彼女の演技力が高く評価され、第29回日本アカデミー賞・優秀主演女優賞・新人俳優賞など数々の賞を受賞しました。

このように彼女はデビュー当初から非常に恵まれたスタートを切りました。歌手だけでなく俳優としての才能も発揮してポジションを築いていきます。

ですが、彼女自身は、「こんな状態は長く続かないだろう」と自分に言い聞かせていたとか。「3年ぐらいしか続かないだろう」と自分の中で勝手に区切りをつけていたと話しています。

トントンと順調にヒットを飛ばし、スターの階段を上っていく自分にどこか懐疑的だったのかもしれません。

自分の歌に自信がなく、「この仕事が終われば辞めよう」「次の仕事が終われば辞めなきゃ」という思いを抱えながら仕事をこなしていたとのこと。
ところが映画『NANA』の主演が決まった辺りから、次々に仕事が入り、もう自分から辞めると言えない状況になってしまったそうです。

そうやって自分が人気者になっていくことで、「自分が受け入れられた」という気持ちと、「私の性格では荷が重すぎる」という気持ちの葛藤があったと言います。

自分が渇望して歌手になったというのではなく、たまたま歌った仮歌が認められ、歌手としてのスタートを切り、次々とヒット曲に恵まれて、「とにかく環境に慣れるのに必死だった」という人も羨むようなデビューからの数年を過ごしてきた彼女にしかわからない、大きな不安感があったのかもしれません。

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病気による活動休止中に得た思い

 

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中島美嘉『常に独自の光を放ち続ける存在』(前編)人生を変えるJ-POP[第15回]|青春オンライン (note.com)