たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

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今回は日本のヒーリングボイスの代表格である徳永英明の後編です。彼の歌声は唯一無二と言われ、アジアのみならず、欧米諸外国に多くのファンがいます。彼の魅力的な歌声の秘密と人物像について掘り下げていきたいと思います。

1/fゆらぎの歌声で世界中のファンを魅了する

簡単な言葉で言えば、自然界に存在するものには、多くの「ゆらぎ」が存在します。

例えば、小川のせせらぎの音や自然風の風速の変動、ろうそくの炎の明るさの変動など、世の中のあらゆる存在はゆらいでいて、逆に言うと、ゆらいでいなければ存在できないということになるのです。そして、その揺らぎは、いずれも一定のようでいて、実は予測できない不規則なゆらぎがあり、それが「1/fゆらぎ」と言われるものです。

この「1/fゆらぎ」は音楽の分野では、脳をリラックスさせ、心身を落ち着かせるヒーリング効果があると言われています。

人間の歌声も、常に絶え間なくゆらいでいて、一つの音を出しているようで、その音は一定ではなく、常に揺らいでいるのです。このゆらぎが、非常に心地よく、これを持っている歌声をヒーリングボイスと言い、それらを持つ歌手は「1/fゆらぎ」の歌手と呼ばれています。

美空ひばりや宇多田ヒカル、MISIAなどの女性陣と男性では徳永英明が代表格になります。

このように「1/fゆらぎ」の歌声を持つ彼は、日本国内に留まらず、海外にも多くのファンを持っています。唯一無二の歌声と言われ、ヒーリングボイスの持ち主である彼の歌声は、どのような魅力にあふれているでしょうか。

彼の歌声は男性でいうところの音域的にはテノールになります。音色は、ハイトーンボイスが主流の非常に澄んだ響きの高い声の持ち主です。

低音域から高音域まで、歌声の音色がほぼ変わらないのが特徴で、一本の糸のように、どの音域を歌っても、統一した響きを持っています。

デビューした20代の頃は、今よりももっと透明性があり、中性的な歌声をしていました。全体に今よりも声の幅も細く、非常に澄んだ響きをしています。音色は明るめで声の響きが統一されていました。

歌声だけ聴くと、女性ボーカリストのアルト(女性の一番低い声域)の音色に非常に似通っていたりします。それぐらい、彼の歌声からは男性特有の野太さや力強さ、泥臭さを感じることはなく、そういう意味で非常に洗練された歌声という印象を持つのです。

これは、60を超えた中高年の年齢になっても変わらない彼の歌声の特徴と言えるでしょう。

彼が女性アーティストのカバー曲を歌えたのは、女性の音域と変わらない高さの音域の声が出せるのと中性的な響きの歌声を持っているからに他なりません。

バラード曲をカバーさせれば、右に出るものはないというほど、切なく甘い響きの歌声をしているのが特徴です。

彼の歌声が聞こえた途端、赤ん坊が泣き止んだとか、騒がしくしていた猫が寝てしまった、などというエピソードは数限りなく言われるほど、その歌声によって心が癒され、心地よくなるのは、まさにヒーリングボイスの証明でもあります。

また、彼の歌は非常に日本語が明瞭です。言葉の子音のタンギング(アタック)が実にはっきりしており、響きがどの言葉も安定しているのが特徴です。

彼が女性アーティストの楽曲をカバーしたことで、男性歌手が女性の歌をカバーすることが抵抗なく受け入れられるようになり、男性歌手のカバージャンルが広がったとも言えます。女性の歌声で歌われているものを男性の歌声で歌うことによって、また新たな楽曲の魅力に繋がることも多いのです。

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絶妙な、曲との距離感

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徳永英明『世界中を癒し続けるヒーリングボイス』(後編)人生を変えるJ-POP[第14回]|青春オンライン (note.com)