MISIAが昨年、骨折をしたときは、背骨ということもあって、歌うという行為には生命線とも考えられる場所だっただけにずいぶん心配したが、紅白での彼女の歌を聴く限り、目立った影響はないように感じた。ただ、本人は痛くないと言えば嘘の状態だったのではないだろうか。

あれから2ヶ月近くが経ち、もうすっかり元の状態に近いかもしれない。

背骨は、歌手にとっては「歌う」という行為そのものを支える屋台骨のような場所である。

日頃、歌手の健康といえば、どうしても喉、声帯そのものに意識が向きがちだが、声帯という楽器が身体の一部である限り、全身のどこかに故障があれば、それは大小様々な形で影響を及ぼす。

だからこそ、歌声は、唯一無二のものであって、決して取り替えの効かない楽器なのだ。

 

「アイノカタチ」は、MISIAの2018年の曲である。

GReeeeNによって作られたこの曲は、彼女の歌のスケールの大きさを十分意識した作りになっている。高音域から低音域までを行き来するサビのメロディーは彼女ならではの歌声でもある。

彼女の場合、歌声の特徴としてボイスチェンジが非常にスムーズで滑らかであることが挙げられる。

これほどの広い声域を持つということは、当然、チェストボイス、ミックスボイス、ヘッドボイス、ファルセットという4つの歌声を組み合わせながら歌うことになる。その境目が非常になだらかで、全く違和感なくスムーズに行われていくのが、彼女が4オクターブを使いこなすと言われる所以でもある。

それは、音色、ボリューム、響きの点において、違和感なく行われていくからだ。

また、彼女の日本語のタンギングには、彼女独特の特徴があることが、この曲からよくわかる。

それは、あれだけ言葉が明確に聞こえるにも関わらず、タンギングが強くないという点だ。

 

普通、日本語の歌詞をハッキリ歌おうとする場合、日本語の単語そのものに緩急のリズムをアクセントとしてつけて発音する方法と、言葉の発音を「子音➕母音」の発音に置き換えて歌う方法がある。

例えば、「あのね、大好きだよ」の場合は、これを全てローマ字の綴りに置き換える。

「anone,daisukidayo」

この場合、anoneは、a➕n➕o➕n➕e、となる。

こうなると、歌手はNの子音を意識して歌いやすくなる。

日本語の歌が曖昧になるのは、何度も書いてきたように、日本語が単語自体に緩急も強弱も持たない平坦な発音であることと、子音➕母音にならないことだ。

あのね、の『のとね』は、あくまでも、『の』と『ね』の発音であって、決して、『n➕o➕n➕e』の発音にはならない。

これが、外国人が発音する日本語と日本人が発音する日本語の違いである。

日本人は、あくまでも文字を子音➕母音の感覚では捉えない。

50音の平仮名は、50音の発音があるのだ。

そして、平坦でリズムのない日本語は、それに音符がついた場合に、非常に曖昧な発音になりやすい。

即ち、言葉が流れるのである。

 

この日本語の特徴に対し、MISIAが歌う発音は、多くの歌手が使う手法であるタンギングのエッジを鋭くするという方法ではなく、喉の奥を広く開けて、そこで発音する方法を取っている。

感覚として、喉の奥で発音するというよりは、腹部で発音する、腹部に声帯があると思って発音する、というのに近い感覚かもしれない。

だから彼女の言葉は決して鋭くない。

エッジが丸いのである。

ソフトで丸い言葉の響きになるのだ。

それなのに明確に聞こえてくるのは、この深さによる。

そして、その深いところで発音された言葉を明確に伝える為にブレスに載せて、空中に飛ばしてくる。

 

彼女のこの歌を聴いていて、いつも彼女の歌は非常にエネルギッシュなのに、鋭さがないのは何故なのだろうという疑問の糸口の一つに、タンギングが深いところで行われているということに気づいた。

 

だから彼女の歌は、全てを包み込んで漂う空気感が優しく丸いのだ。

 

これがMISIA独特のタンギングなのだと思った。