3時間半、44曲を歌うという。それも昼夜二回公演。僅か8時間半ほどの間に88曲の歌を歌うと聞いて殺人的だと思った。夜の部の最後まで声が枯れないで歌えるのだろうか…

私の氷川きよしのコンサートの初体験は、そんな懸念から始まった。

 

私は演歌のコンサートに行ったことがない。

演歌の人達の歌声を聴くと、総じて「喉が強い」「よく鍛えられている」と感じることが多い。基礎的な発声がしっかりと身についているために歌声がブレない。非常に安定した歌声の人が多い。それゆえにおそらく長時間歌っても声が枯れることはないのだろうと想像できても、流石に44曲、3時間半のを二度繰り返すのは余りにも過酷だと思った。

 

「体力の限界に挑戦したくて…」

そう彼は笑顔で言って、最後の曲まで声が衰えることなく歌いきった。

圧巻だったのは、アンコール曲の「あなたがいるから」での肉声での歌声だったと思う。「蒼し」の最後のアドリブの歌声も圧倒的だったが、最終曲、ブランコに乗ってアリーナ上空からマイクを外して肉声で歌えるのは、よほど自分の歌声に自信がなければ出来ない。彼の歌声には、どこにも不安感がなかった。

 

驚異的な歌声は一体どうやって生み出されるのかという疑問は、彼の立ち姿から見えてくる。

演歌を歌う時、彼は微動だにもしない。演出や振り付けがない限り、彼は真正面を見据えてすっくと立っている。その立ち姿は一切動くことがなく声がまっすぐに伸びてくる。

その立ち姿から、彼が非常に強靭な腹筋と背筋の持ち主であるのがわかった。

 

多くの人が知っているのは、歌声はお腹から声を出すということ。腹式呼吸や腹筋を使って歌うという知識を持つ人は多い。しかし、実は歌う時に使う腹筋はいわゆる腹筋ではなくインナーマッスルの部分の筋肉のことを言う。また背筋は腹筋よりも重要な役割を持つが、その背筋もインナーマッスルだ。即ち、優れた歌手は、インナーマッスルの腹筋背筋が非常に鍛えられており、体幹がしっかりしているということが何時間歌い続けても枯れることのない歌声の秘密ということになる。

その条件を彼は備えているからこそ、3時間半の二回公演を歌うことができるのだと感じた。

そんな彼でもロック曲やJPOPになれば上体を折り曲げて歌う。それだけJPOPやロックのハイトーンボイスを発声するには、ブレスの力で声を放り上げることが必要になるということの現れでもある。

演歌とJPOPやロックでは自ずと歌い方もブレスの使い方も違う。それらを彼は使い分けているということになる。

 

「デビュー20年ということで、演歌だけでなく、バラードやJPOP,ロックなどいろいろな曲を聴いてもらいたいので」と話していた通り、彼は様々なジャンルの歌を歌い続ける。

44曲(本人の弁を借りれば大阪は45曲)、3時間半の歌声をシャワーのように浴び続けることのできるファンは幸せだと思った。

 

彼の歌声は、この日、限界を突破したのだ。

見事だった。