「 Delete My Memories」までの歌声

三浦大知自身の言葉によると、2010年8月発売の「The Answer」から新しい歌声を手に入れた、と言っている。

「では、以前までの歌声と新しく手に入れた歌声の二つを使い分けているのか?」という問いに対して、「それまでの歌声は、捨て去ってしまったので、もう出せない」と答えている。

では、彼が捨て去ってしまった歌声というのは、どういう歌声だったのだろうかと検証してみた。

2005年3月に「Keep It Goin’ On」でソロデビューをしてから、彼は「Delete My Memories」まで8枚のシングルをリリースしている。その全曲を聴いてみた。

「R&Bの担い手」としてのこの時期の彼の楽曲は、宇多丸やKREVAという他ジャンルのミュージシャンとコラボしながらも、その路線を貫いている。

この頃の彼の歌声は、少年期から変声期を経て、青年期になったばかりのか細さが見え隠れする。

確かに音程も正確で、相変わらず、言葉が立っている。しかし、どちらかと言えば、ダンスのテクニックの完成度に比べれば、歌は、声帯が成熟していないため、まだまだ荒削りの印象だ。

荒削りと言っても、声が荒れているわけでもなく、テクニックが不足しているわけでもない。

しかし、全体的に響きの幅が細く、歌よりも、どうしてもダンスのパフォーマンスの印象に引きずられる。即ち、前記事に書いた事に倣うなら、視覚的要素が聴覚に勝っている、という状態だろう。

2005年から、2009年までの4年間、彼の歌声に大きな変化は見られない。

ということは、彼は、そのまま、その声を持続していく可能性があったと思われる。

この「歌声の幅が狭い」と感じる印象は、彼自身の歌声を重ね合わせて作っているコーラス部分を比較してみると非常にわかりやすい。

「Delete My Memories」の後半に出てくる自身の声での掛け合いと重ね合わせているパートの歌声を、2010年12月に発売された「Lullaby」の同じように彼自身の声でハーモニーを作っている部分と聴き比べると、明らかに声の響きの幅の違いを感じるだろう。

この「Lullaby」は、彼が新しい歌声を手に入れてからの2曲目になるが、歌声の明らかな違いによって、ハーモニーに幅と奥行が生まれ、力強いハーモニーを生み出していることが聞いて取れる。

「Delete My Memories」の頃には、同じように彼自身の歌声をいくつも重ねても、単色で今一つ力強さに欠ける響きしか作り出せなかったものが、発声を変えた事によって、どんな声域の歌声にも響きの幅と奥行が生まれ、それらの声を重ね合わせて行くことで、非常にパワフルで、それぞれのパートの歌声が際立ちながら、一つのハーモニーを作る、という多重効果が生まれていることを実証している。この多重効果によって、彼の音楽は、視覚的要素と同等の聴覚的要素を兼ね備えたバランスのよいものに生まれ変わっている。

彼自身が「捨て去った」という歌声は、まさに少年期のか細さを残した声だったかもしれない。

では、彼が手に入れたという「The Answer」での歌声は、実際には、それまでの歌声と何が異なるのか、次の記事で検証してみたいと思う。