彼のこの歌を聴くのは、何度目だろう。もう何度も聴いた。

しかし、今回の歌は、何度も聴いた中で一番良かったと感じるものだった。

それは彼に気負いがなかったからだ。

 

氷川きよしを観るようになって気づいたのは、彼が結構緊張するということだ。

特に彼がJPOPを歌う時、いつも彼の緊張を感じる。

あれほどのベテランで演歌界のトップに君臨し続けている人が、JPOPの歌を歌う時は非常に緊張しているのだ。それが意外だったり、彼という人の繊細さを感じる部分だ。

それは歌う前の緊張した面持ちだったり、歌い終わった時のホッとした表情や小さくため息をつく場面などを何度も見かけた。

彼の音楽に対する畏敬の念、真摯な態度、そういうスタンスを強く感じる部分だった。

だからなのか、「限界突破」では身体を駆使して、大きなパフォーマンスで歌う。そこにはいつも演歌にはない気負いのようなものを感じさせた。それが時には、JPOPのカバー曲において、力強すぎる、と誤解される部分でもあったかもしれない。

でもこの日の彼の歌は違った。

 

この日、多くの歌手は非常に集中したレベルの高いパフォーマンスを見せた。

それは歌うことの出来ない状況の中で、僅かに与えられた空間と機会の中で精一杯自分を表現しようとする気合、または気負いとも取れるほどの「歌」に対する熱情を爆発させるかのような歌が多かった。

そんな中で今までの彼なら、さらにその熱情を受け止めてエネルギッシュに歌うところだっただろう。

しかしこの日の彼は違った。

何度も何度も歌い込んできたこの曲を非常にコンパクトに纏め上げた。

短いバージョンだったにも関わらず、凝縮された集中力の歌だった。

しかし、そのどこにも今まで感じたような気負いがなかった。

うまくリラックスして、うまく自分の感情をコントロールし、気負わない非常にこなれた歌を展開した。

 

ああ、彼は本当にJPOP歌手になったんだな、と思った。

JPOPに対する気負いがなくなり、彼の中でJPOPは演歌と同じ一つのジャンルになったのだと思った。

彼の歌手としての消化力が完全にこの曲を呑み込んだのだと思った。

今までたくさんのJPOPのカバー曲を歌っても、どこかにJPOPに対してのお客さんのような距離感、遠慮感を思わせたが、この日の彼の歌からはそういうものが一切切り捨てられ、JPOP歌手としての疎外感を感じさせなかった。

多くのJPOP歌手の中に並んでも何の違和感もなく、そこには歌手氷川きよしという人が当たり前のように存在していた。

 

JPOPに対する気負いのなくなった彼の歌は、JPOP歌手としてさらに飛躍するだろう。

 

今年、彼が手に入れていくJPOPの世界を見てみたい。