たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

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第29回は、女性ボーカリストAimerを扱います。Aimerは、プロフィールを全く公開していません。その為に彼女の経歴に関する公の記事やエピソードに関するものが少ない為、今回は、いつもと趣向を変えて、彼女の歌声と何曲かの楽曲のレビューを中心に書いていきたいと思います。

前編はこちらから)

低音域から中音域は、ハスキー気味な音色が特徴

彼女の歌声は非常に特徴的な2つの響きを持っています。1つは、低音域から低めの中音域までの歌声。これは、全体的にやや幅があり、ソフトな音色でハスキー気味の響きをしています。ブレスを意図的に混ぜたブリージングボイスの色合いが強いものです。

多くの歌手のブリージングボイスの場合は、全体的に柔らかで幅のある響きをしますが、彼女の場合は、幅は細めで、さらにハスキーさが加わった音色になります。

また、ビブラートは全くなくストレートボイスの響きになります。特に低音部の音色はさらにソフトでハスキーさが強調されます。

この音色が特徴的な楽曲にデビュー曲の『六等星の夜』があります。この曲では、メロディーラインが低音域から中音域の部分が中心に作られており、特に歌い始めのフレーズでは、彼女のハスキーでやや幅のあるソフトな響きが印象的です。

さらに曲が進むにつれて、中音域のメロディーラインが出てきますが、この部分で彼女の歌声は1つギアが上がります。サビのメロディーに向かって徐々に中音域のメロディーラインが現れてくると、ハスキーさが徐々に消えて、色彩の濃い音色のストレートボイスが現れます。

この楽曲ではそれほど高音部が出てこない為に、もう一つの歌声である彼女のヘッドボイスは瞬間的にしか現れません。

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『残響散歌』の高音部に見られる、出色のコントロール力

ハスキーさが顕著な低音域の歌声と反対に、高めの中音域から高音域にかけて、彼女はヘッドボイスを多用しながら、艶やかで色彩の濃い響きの歌声を披露します。彼女のヘッドボイスには、やはりビブラートは殆どありません。

このヘッドボイスを多用していると感じるのが、『残響散歌』です。『残響散歌』では、曲の冒頭から非常にパワフルな曲調が奏でられます。これに合わせて彼女の歌声も力強く勢いのある歌声になっているのですが、特徴として決してミックスボイスやチェストボイスといった地声系の歌声を使っているのではなく、終始、ヘッドボイスを用いて歌っているということです。

『残響散歌』の楽曲は全体的に高音部のメロディーが中心になっており、さらにメロディーラインの音符の刻みが細かく、テンポが非常に速く展開していくという特徴を持ちます。この為に彼女のいつもの歌い方のようにミックスボイスを使って途中からギアをチェンジしてヘッドボイスで高音部を歌うという方法では、高速メロディーを歌いこなすのが難しくなります。

そこで、彼女は曲の冒頭から全ての音域のメロディーをヘッドボイスで歌っているように感じます。即ち、低音部も中音部もファルセットを使って歌っているということになるのです。

このファルセット、いわゆる裏声を地声のように芯のある歌声にしたものがヘッドボイスですが、この歌声で低い音域まで歌うというのは、いわゆるクラシック歌手の唱法と同じようになり、背筋、腹筋をしっかり使って歌う、というテクニックを必要とします。

背筋、腹筋をしっかり使って歌わないと、自分の前方に声が飛んでいかないという特徴を持つのがヘッドボイスです。

『残響散歌』は高速メロディーで低い部分から高い部分まで一瞬でメロディーが行ったり来たりしますから、歌声のコントロールと共に、ブレスコントロール、さらに腹筋、背筋のコントロール力を求められることになります。彼女の場合、これらのコントロール力が素晴らしいと感じるのです。

『残響散歌』は、歌手Aimerの高度なテクニック力が如何ともなく発揮されている1曲と言えるでしょう。

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日本語をメロディーに乗せる難しさ

 

続きはこちらからAimer『特異な歌声で音楽の景色を映し出す』(後編)人生を変えるJ-POP[第29回]|青春オンライン (note.com)