こんにちは。J-POP音楽評論家の松島耒仁子(クニコ)です。
いつもブログを読みに来て頂いて、ありがとうございます。
このブログは歌手の歌についての評論を主に掲載しているブログですが、今日は、私がなぜ、音楽評論家になれたのか、というプライベートな話を書きたいと思います。
私は、一言で言えば、「推し活で音楽評論家になった」からです。
【誰もが推しの背中を推したくなる】
誰しも、自分の「推し」については語りたいですよね。
どんなところがいいのか、どんな風にいいのか、
歌手だったら、こんな歌もあんな歌も聴いて欲しい。
自分の「推し」について語りたいし、誰かに言いたい!
だから、Twitterやブログで、「推し」への気持ちを書きます。
書かざるを得ない気持ちになる程、「推し」が好きだから。
誰かに知って欲しい。
誰かと気持ちを共有したい。
みんなが賛同して欲しい。
そんな気持ちで「推し」について呟いたり、ヤフコメをしたり、あちこちにコメント残したり、
Amazonにレビューを投稿したりしますよね。
私も実は、そんなファンでした。
初対面の人に「お仕事は何されているのですか?」と聞かれて、「音楽評論家です」とお答えすると、
ほぼ全員の方が、「え?」と少し驚いたようなリアクションをされます。
そしてその次に言われるのは、
「音楽評論家ってどんな仕事してるんですか?」
「音楽評論家って初めてです」
「音楽評論家に会ったことなかったー」← これ、私もそうでした 笑
「名刺、貰って良いですか?」笑
たいていの人が以上のようなリアクションをされます。
されないのは、メディア関係か出版関係。
そういう人達は、日頃からお付き合いがあるからでしょうね。
でも大概は、上のようなリアクションをされます。
2年前までなら、私もきっと皆さんと同じようなリアクションをしていたでしょう。
なぜなら、私も2年前までは、皆さんと同じようにある歌手のファンで、趣味でブログを書いていただけだったからです。
そう、私は2年前に音楽評論家になりました。
こんな年代で「音楽評論家です」というと、皆さん、若い頃から評論を書いているんだ、と思われがちですが、実は私は2年前に評論家になったばかりの、評論の世界では、まだまだ新人なのです。
【推しを語るのは、言葉しかない】
今のブログを始めたのは3年半前の2018年9月でした。
その頃は、三浦大知さんの記事ばかり書いていました。
彼の曲はほぼ全曲、アルバムも入れてレビューしています。
だったら、三浦大知のファンだったの?
と思われるかもしれませんが、実はそうではありませんでした。(今はファンです、ファンクラブにも入って大知識人です!)
彼の記事を書くことを勧めてくれた人がいました。
それまで8年書いていたファンブログがあまりにも有名で、その人のファンなら、誰でも知っていると言われるぐらいの超巨大ブログでした。
ですが、ファン社会にはつきもののゴタゴタ(皆さんも大なり小なり経験があるのでは?)に疲れ切って、
ファン社会から抜けたくなったんです。
抜けるために一番良い方法は、ブログをやめることです。
それである日突然、
「ブログを辞めます」と宣言してファン社会を抜けました。
でもコメント欄は大変でした。
600以上のコメントが上がり、「ブログをやめないでください」の有り難いコメントがズラーっと並びました。
とても有り難かったですが、その頃の私は、ファン社会のゴタゴタに疲れきって、その歌手本人まで嫌になりそうでした。それぐらい疲れていたんですね。
それで、「ブログは更新しませんが、この場所は1年、このままにしておきます」と書きました。
本当は、すぐにでも削除して、自分というものをネット上から消したかったんです。
ですが、多くの方が、その場所をとても愛してくださっていたので、1年間、残しておくことに決めました。
そうやって、私は、ブログの世界から消えたんです。
私がブログを書き始めたのは、ほんの軽い気持ちでした。
私の推しは、日本で活動が出来なくなって韓国へ戻ってしまいました。
そう、
この日本から彼の歌声も姿もすっかり消え去ってしまったのです。
私は彼のファンになって1年にも満たない頃でした。
人生で初めて歌手のファンクラブというものに入り、ライブにも初めて参加をしました。
それまでクラシック出身だった私は、クラシックのコンサート以外、経験がありませんでした。
ドームというものも初めてだったし、ライブ中、ずっと立って応援するということも未経験でした。
さあ、これからファン生活が始まる!と思った矢先の日本活動打ち切りでした。
ファンにとって活動を中止されることぐらい辛いものはありません。
どんなに探しても、どんなに求めても、もう日本で彼の姿も歌声も存在しないことが、どれほど辛いことか、推しのいる人ならわかると思います。
胸の中にポッカリ穴が空いたような虚無感。
それを埋めるのに、私はそれまでのネット徘徊から、自分の場所を作ることを思いつきました。
私もみんなと同じように、彼の写真を貼ったり、彼への気持ちを綴ったりする場所が欲しい!
ただ単にそんな軽い気持ちでブログを書き始めました。
これが本格的に私が「書く」ということを始めたきっかけです。
ですから、最初は、私も
〇〇好き! とか 〇〇カッコイイ! とか 書いてました。
12年前からの最初の読者の方は、そんな内容のブログを知っています。
自分の気持ちを書いて、最後にお気に入りの写真を貼り付ける。
これが私の手法でした。
そうやって書き続けたブログは、最終的に読者数が3000人を突破し、アクセスは1万越え、芸能人ファンジャンルのベスト3に常時入る巨大ブログに膨れ上がっていったのです。
ただ、単に、推しへの気持ちを書き続けたに過ぎないブログでしたが、多くの人が読みに来ていました。
そうやって8年書き続けて、疲れ切った私は、推しが日本活動を再開したこともあって、ブログを閉じることにしました。ファンは辞めないけれど、推し活を辞めたのです。
ブログを辞めて私が感じたのは、
何もすることがない、
ということでした。
今まで趣味でほぼ毎日のように書き続けたブログを辞めてしまったら、その時間がポッカリと空いてしまったのです。
彼のことを書いているうちに、「書く」ということがすっかり身についてしまっていたのかもしれません。
「書く」ということで、自分の気持ちが満足していたのだと思います。
でも、それを辞めてしまったら、なんだかつまらない毎日になりました。
私は書きたくなりました。
今までは彼の歌しか書きませんでした。
でも日本には上手い歌手が山のようにいます。
その人達の歌を聴いているうちに、ふつふつと私の中で、「書きたい」「やっぱり書きたい」と思うようになりました。
そんな思いで書き始めたのが、今のブログです。
私は「推し活」でブログを始めたのですが、
私の「推し活」は、実はこれが初めてではなかったのです。
続きは、また次回。