氷川きよしが2015年に開催したポップスコンサート。

このようなポップス中心のコンサートを彼が開いているのを初めて知った。

そこはすっかりライブ会場。

観客もノリノリでバンドを従えてのステージであり、アリーナ会場といい、「今日はKIYOSHIです」と言った彼といい、演歌の欠けらも感じることのないステージだ。

 

今から5年前の彼の歌声だが、今の方がどちらかと言えば声の通りや抜け感がいいように感じる。

「少年時代」は井上陽水の歌だが、彼特有の鳴りのいい中音域から高音域の歌声が披露されている。

今と一番違うと感じたのが、低音域の歌い方だ。

5年前のこの時は、低音域のフレーズがどの歌声も重く響いている。重く響くというよりは、演歌特有のこぶしが効いた歌い方になっており、フレーズの最後の言葉の処理などはドスの効いた歌声になっている。

これが今の彼の歌い方と最も違うと感じた部分である。

今の彼は、この演歌特有の低音部のこぶしがない。

うまく響きを抜いて、決して喉で鳴らさないようにしている。

透明的な無色の響きに変えて語尾を処理、フレーズが重くならないようにしている。特に最近は、その傾向が強い。

 

しかし、彼のこの姿を観ていると、演歌のジャンルからポップスのジャンルに飛び出すのは必然だったと感じる。

リズム感といい、ステージパフォーマンスといい、やはり既存の演歌路線とは最初から感覚が違うものを持っていたのだということがよくわかる。だから、彼は、ポップス演歌という独自のジャンルを切り開けたのだということが、このステージを観るとよくわかるのである。

彼がロックやポップスを歌うのは既定路線であって、何も不思議なことでもなんでもないということを物語っている。

 

井上陽水の「少年時代」に比べて、彼の「少年時代」は少年の青々しさを残したイメージだ。

井上陽水の少し粘り気味で、緩慢な音楽の流れに対して、彼の音楽は前へ前へと進み、緩慢さや怠惰さは感じられない。それよりも

男らしく爽やかな夏の風を感じさせるようなイメージであり、音楽が軽やかに前へ前へと進んでいく。

青々しいイメージだ。

 

いつものことながら、次々と連続で歌い続けるエネルギーはさすがだと思った。

いくつか印象に残る曲をレビューに書きたいと思う。