セルフコントロール。
即ち、どれぐらい自制心を持って、自分と向き合えるかということになる。
歌手という職業が、他の楽器演奏者と根本的に違うのは、楽器が、自分の身体の一部分だということだ。
どんな楽器でも、演奏者の体調によって、演奏が左右される。
歌と違って、楽器を演奏する場合は、一見、いつでも、演奏すれば、一定の音が出るために、それほど体調に左右されないように感じるが、そうではない。
確かに楽器は、楽器そのものが故障するとか調子が悪いということは、声帯のようにダイレクトではないので、それほど多くはないかもしれない。しかし、演奏者の体調が微妙に影響する。
演奏するということは、集中力と熱量を求められる作業と言える。
睡眠不足だったり、体調の管理が悪ければ、それなりに集中力は低下し、演奏するという行為に対する熱量は、下がったままだ。そういう状態では、いい演奏は出来ない。ただ、音が鳴っているだけ。間違えずに演奏(集中力が散漫になれば、間違えることは多々ある)出来たというだけの状態かもしれない。
楽器奏者ですら、体調が影響するのだから、自分の身体に楽器がある歌手はなおさら、体調がダイレクトに歌に反映される。
喉が痛い、風邪をひいた、という目に見える状態もさることながら、睡眠不足や、疲労の蓄積など、目に見えない不調さえも、歌にダイレクトに影響を与える。
韓国アイドルグループが、メンバーの脱退、グループの解散を繰り返すのも、大きな原因の一つに過酷なスケジュールがあることは否めない。韓国では、歌手活動は長く続かず、アイドルと呼ばれる人達は、誰しも短命だ。
使い捨てとも思われるほどの過密スケジュールの中で、売れている時期に徹底的に露出させ、稼ぐ、というスタンスを取る。
それゆえ、30歳を超えれば、アイドルを続けることは困難になる。兵役のある国ゆえ、入隊前にどれだけ名前を売って稼ぐかが勝負になる。
そこには、過密スケジュールによる歌手生命の危機など考える余地すら許されない過酷な世界だ。
それに比べれば、日本は、長く歌い続けるのが当たり前の世界とも言える。
ジャニーズの嵐でさえ、アラフォー世代。
40代、50代になってもアイドルを続けることは、不可能ではない。年齢を重ねてもアイドル路線を貫くのか、アーティストへの転換を計るのかは、本人と事務所の判断だろう。
しかし、多くの場合、本格的なアーティストへの転換を計る人が多い。
それは、やはり、歌手という職業を一生、続けていこうと思えば、本格的に歌と向き合わなければならない時期が必ず来るからだ。
その時、セルフコントロールが出来ていなければ、楽器、即ち、声帯がそれに対応出来ない。
本格的な歌手への転換を計るには、肉体的にも精神的にも、タフな状況が求められる。
自己流の発声で、歌い続けてきた人には、発声の基礎から、やり直さなければならないことが多い。
ポリーブや結節という職業病ともいうべきものからの回避には、声帯に負担をかけない、声帯を摩耗させない、その人に合った無理のない発声をしていくことが、長く歌い続けれる唯一の方法だからだ。
声帯は、他の楽器のように、壊れれば取替が利くものではない。
一生、生まれた時からの楽器を使わなければならないのだ。
その為には、休養というメンテナンスも必要だし、傷つかないように管理する日常のセルフケアも必須になる。
元々、持って生まれた声帯が、丈夫かそうでないかでもセルフケアの仕方は大きく変わる。
楽器なら、より性能のいいものに買い換えることが可能だが、声帯は、もって生まれたものがすべてなのだ。
だからこそ、天が与えた声、神から授けられたもの、とも言われるのだろう。
上質なビブラートの歌声を持つ人ほど、実は、繊細で強くない声帯の人が多い。
それゆえに、その歌声を維持するためには、セルフコントロールは、欠かせない。
コンサートツアーや、ライブツアーの過密スケジュールは、声帯寿命を縮めることもある。
一度に20曲前後を歌うコンサートでは、MCも含めて2時間以上、声を出しっぱなしだ。
声帯の疲労と充血は、半端ではない。
スポーツ選手が、試合後にトレーナーに筋肉をほぐして貰って、メンテナンスするように、歌手もコンサート後は、十分スチーム吸入をして、充血し、乾燥した声帯を潤すことが不可欠な作業になる。それをしなければ、長く歌い続けることは出来ない。
声帯を守れるのも、ケア出来るのも、歌手自身しかいないのだ。
長く歌い続けるためには、セルフケアを行うという歌手自身の自覚が必要だろう。
歌手という職業は、老化との闘いの職業でもある。
10代、20代にラクに出せていた高音部は、加齢と共に出にくくなる。
それは、声帯の伸縮の反応が加齢と共に鈍くなるからだ。
加齢と共に筋肉が堅くなるように、声帯の反応も鈍くなる。また、筋肉を長期間使わなければ、堅くなるのと同じように、歌から長期間、遠ざかれば、歌えなくなる。
同じ声帯と使っていても、話す時に使う筋肉と歌う時の筋肉とは異なるのだ。
それゆえに、俳優業などに忙しくなり、歌から遠ざかってしまう人もいる。
福山雅治は、俳優業と歌手業を両立するタイプの歌手だが、年に一度のツアーは欠かさない。俳優業の合間にも歌い続けなければ、声がでなくなってしまうのは、本人が一番知っていると言える。
加齢と共に出にくくなっていく歌声を如何にキープするのか。
声帯の摩耗を遅らせ、如何に長く歌い続けるのか。
それは、若い頃からのセルフケアにかかっている。
多くの職業では、年齢を重ねるに従って、熟練という名声を手にしていく。
しかし、歌手という職業は、ある一定の年齢を越えれば、衰えとの闘いになるのだ。
声自体の衰えは、隠しようのない残酷な現実だからだ。
肉体の衰えが、そのまま歌手寿命に直結していくものでもある。
聴衆は、ヒット曲と共に歌声を記憶している。
若い頃のヒット曲は、当時の歌声をそのまま記憶しているのだ。
だからこそ、歌手は、そのイメージを壊さないように、いつまでも美声を保ち続けなければならない。
衰えた声で、かつての持ち歌を歌って、聴衆を落胆させるようなことをしてはいけないのだと思う。
老化との闘い。
それは、歌手になったその日から始まっている。
歌手とは、そういう意味で最も過酷な職業だとも言える。