2020年の紅白で、何が印象に残ったかと言えば、私はやはり玉置浩二の歌唱に尽きると思う。
紅白で玉置浩二が見れるとは思わなかった。
実に24年ぶりの出場となる企画は、彼のドタキャンを恐れて事前収録という形だったというのだから、如何にNHKが彼の出演に固執したかがわかる。
彼は、彼の代表作とも言える「田園」をフルオーケストラをバックにダイナミックに歌った。
「田園」はベートーベンの「田園交響曲」がベースにある。
一昨年、コンサートに行った時には、彼の歌の前に、「田園交響曲」が演奏されてからの彼の歌だった。
彼が作ったオリジナルのメロディーのバックに何度も「田園」のメロディーが小刻みに繰り返され、彼の歌をしっかりと支える。
このクラシックを使ったアレンジによって、豊かでのどかな田園風景が、彼の歌声と共に脳裏に蘇ってくる。
この日の彼の歌声は、いつも通り、申し分なかった。
マイクを外しても、コンサートホールの3階席の隅々まで響き渡る歌声は健在だったし、ブレスのコントロールからのフレーズの強弱や緩急、言葉のタンギングの正確さも、いう事がなかった。
即ち、彼は彼の実力を出し切って、玉置浩二という歌手の存在を印象付けたのだ。
そこには、現在の彼が、心身共に非常に落ち着いた状態であることをあらためて認識させた。
北海道出身の彼には、いつも土の匂いがする。
そのエネルギッシュな歌声やパフォーマンスには、どんなに彼が都会的で洗練された曲を歌っても、そこに土の哀愁を感じるのだ。
昨年1月に心臓の手術をしたあとの玉置浩二ショーでは、回復したとは言え、どことなく体力や気力の衰えを感じさせるものだったが、紅白では完全に元気な彼の姿に戻っていた。
また、しばらくは彼の歌声が楽しめる。
若い頃の数々の破天荒なエピソードも、今の落ち着いた彼に到達するのに必要な時間であり、必要な出来事だったのだと私は思う。
それぐらい、今の彼の歌声も音楽も安定しており、そして完成されている。
ここ何年か、取り組んでいる彼のオーケストラコンサートは、彼が歌に集中する機会を作り出したし、そのことによって、私達は、玉置浩二という歌手の懐の深さをあらためて認識することになるのだ。
彼の歌のスケールは、どれだけのフルオーケストラを従えても、動じるものではない。
堂々と自分の歌を歌い切ることで、歌手玉置浩二の世界を提示する。
彼のコンサートに一切のMCがないのも、彼の歌が、彼のメッセージの全てを伝えているからに他ならない。
「語るより歌え」
そう彼は体現している。
アーティストとしての本来のあり方を彼は私達に教えている。