たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

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今回は、『鱗』や『ひまわりの約束』などの楽曲で知られる秦基博を扱います。アコースティックギターの弾き語りのスタイルで有名な彼と音楽との出会いや抜群の声質を持っていると言われる歌手としての魅力に迫っていきたいと思います。

前編はこちらから)

鋼と硝子でできた声とは?

秦基博と言えば、“鋼と硝子で出来た声”を持った歌手というキャッチコピーで有名です。では、“鋼と硝子で出来た声”というのは、具体的にどのような歌声を言うのでしょうか。

先ず、「鋼」ということばからは、「力強さ」とか「ピンと張った」とか「硬い」というようなものを連想します。

では、反対に「硝子」ということばからは、何を連想するでしょうか。「硝子」には、「透き通った」とか「繊細」「壊れやすい」というようなイメージを連想します。

即ち、「鋼」と「硝子」ということばは、まるで相反することばなのです。
この相反する2つの特徴を持つ歌声とは一体どういう歌声のことを言うのでしょうか。

秦基博の歌声を音質鑑定してみると、基本的に以下のような特徴があるのがわかります。

  1. 全体に少しハスキー気味な音質

  2. ストレートの真っ直ぐな響き、ビブラートはない中・低音部

  3. 声の幅は細くもなく太くもない

  4. 透明的な音色を持つ高音部

  5. ピンと張った響き

  6. ストレートな歌声だが、尖った強さはない

こんな感じでしょうか。上記に書いたものは、彼が元来、持っている音質の特徴です。このように彼の声は、音域によって響きの異なるものを持っているのです。

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力強さと透明感あふれる歌声を併せもつ

彼の歌声は、中・低音域では、ややソフト気味の真っ直ぐな響きのストレートボイスです。

ですが、力強くパワフルに歌うとき、ピンと張った強い真っ直ぐな音色に変わります。即ち、ソフトな響きは隠れてしまい、力強い音色が現れます。また、高音域は2つの音質を持ちます。

あくまでも表声(地声)のままで高音域を歌う時には、真っ直ぐな響きがさらにピンと張った細く繊細な透明的な響きになります。

また、裏声、いわゆるファルセットになると、さらに細く尖った響きの歌声に変わります。これが彼の声が「硝子の声」と呼ばれる所以です。

普通、歌手の場合、ファルセットになると、全体に声の幅が太くなり、ソフトでややぼやけた響きになる人が多いです。

ところが、秦基博の場合は、ソフトでぼやけた響きになるのではなく、細く尖った音質になります。このようなファルセットの響きを持つ人は珍しいと言えるでしょう。

また、高音部を裏声ではなく表声のまま歌い、その響きだけを細く出せる人もそう多くはいません。高音部を細く尖った表声で歌うのは、非常に難しいのです。

このように、力強くピンと張った鋼鉄のような力強さを持つ歌声と、相反する細く尖った透明感溢れる歌声。この2つを持ち合わせているのが、秦基博という歌手なのです。

持っているのは、非常にバランスがとれた音域

続きはこちらから秦基博『日本語の情感を見事に描き出す“鋼と硝子の歌声”の歌手』(後編)人生を変えるJ-POP[第38回]|青春オンライン (note.com)