玉置浩二『LEGENDARY SYMPHONIC CONCERT2023』”Navigatoria”を拝見した。
彼の生歌を聴くのは、昨年11月の安全地帯40周年ライブ以来。
だが、私は彼のこのシンフォニックコンサートが一番好きである。
フルオーケストラの音響に負けない歌声を持ち、ソロ・コンサートが出来るのは日本でも限られた人と言えるだろう。
今回も彼の歌声を堪能できる一夜だった。
セトリは、ネットで調べて貰うとして、
今回、彼の歌声を聴いていて思い浮かんだ言葉は、
『完成された芸術品』
玉置浩二の歌声はまさに芸術品だ。
張りのあるミックスボイスからベルディングボイス。
声の色が濃く、充実した響きのパワフルな歌声。
そうかと思えば、ファルセットの中でも芯のある細い淡い色彩の歌声。
この歌声の濃淡が実に素晴らしかった。
主に高音部に使われる彼のファルセットの歌声には彼独特の特徴がある。
それが一本の糸のような繊細さだ。
普通、多くの歌手の場合、ファルセットを使う歌声にありがちなのは、ハスキーな音色である。
これは、それまでミックスボイスやベルティングボイスというパワフルで張りのある歌声を出すために分厚い響きを作ってきた声帯が、突然、高い音を出すために薄く声帯を伸縮させるための動きをすると、どうしても声帯周辺の筋肉に力が入り、伸縮が悪くなってしまう。または、声帯そのものの反応が遅れてしまう。
その為に、どうしてもハスキーな響きになりがちなのである。
しかし、玉置浩二の場合は、その切り替えが見事なのだ。
まるで墨絵の世界のように、歌声の響きの濃淡がはっきりとしており、声が掠れたり、響きが詰まったりすることなく、パワフルな濃厚な歌声と淡麗で芯のある歌声のコントラストが描かれていく。
この歌声の切り替えだけでなく、今回、感じたのは彼のタンギングの見事さだった。
今回のセトリに組み込まれた『JUNK LAND』で聴かせた見事なタンギングの数々は、彼の歌のテクニックの高度さを見せつけられたような圧巻の歌唱だった。
タンギングというのは、何度も書いてきたように、言葉の子音の発音を言う。
日本語は、外国語のように子音と母音の区別がハッキリしない言語である。
その為、子音の発音の仕方によって、言葉が明瞭になる場合と不明瞭になる場合がある。
その発音やアクセントの付け方に、歌手の特徴が最も現れやすい部分でもある。
玉置浩二の場合は、この「言葉の明瞭さ」が見事なのである。
『JUNK LAND』の曲を知っている人ならわかると思うが、あの畳み掛けるような言葉と音符の羅列。
速いテンポの上に並べられていく音と言葉の羅列を歌いこなすのには高度なテクニックを要する難曲でもある。
この難曲を彼は非常に明快な日本語と共に歌声を客席に届けてくるのである。
それを聴くリスナー達の高揚感は、彼の歌声と共に身体ごと跳ね上がるのである。
そしてその後の『夏の終りのハーモニー』
会場の高揚感を一瞬にして静寂へと導くような静かで滑らかな歌声。
優しい美しい音色の数々は、
彼がいかに音楽人として、
歌というもの、音楽というものを
愛しているか、
愛し続けてきたか、ということを感じさせるのである。
定番のアンコール曲2曲。
今回、私の横には40代ぐらいのスーツ姿の体格のいい男性が一人で座っていた。
その彼が2部の始まりから何度もマスクの中に手を入れてゴソゴソと。
そのうち、カバンからタオルハンカチを取り出して、目元の涙を何度も拭く姿が見られたのが、非常に印象的だった。
最後の曲『メロディー』
いつもこの曲を聴くと、
ああ、この曲1曲を聴くだけでいい、と思えるほど、心が満たされる。
そんな私も、
今年は初めて涙が滲んだ。
この時代に生まれ、
彼の歌声を聴くことの出来る瞬間に立ち会える幸せを感じた夜だった。