今日、11月24日はQueenのフレディ・マーキュリーが亡くなってから29回目の命日である。

一昨年、映画「ボヘミアン・ラプソディー」が公開された時、私は結局6回、この映画を観に行った。

何度観ても飽きなかった。

何度でも観たかった。

なぜならフレディーの歌声に逢いたかったから。

 

私はQueenがリアルに活動していた頃は、まだ学生でありクラシックの勉強に精進していた頃で、名前は知っていてもほぼほぼ興味がなかった。

だからジャケットの写真ぐらいは、当時レコードショップで見た記憶があるぐらいで、多くの人が熱狂していた時も全く関心も持たなかった。

それが、映画での評判を聞いて、とにかく一度映画館に足を運んでみようと思ったのがいけなかった。

彼の歌声に堕ちた。

彼らが提供する音楽も素晴らしかった。

どれも多くの人にとっては懐かしいメロディーも私にとっては新しく斬新だった。

何より音楽の持つエネルギーに魅了された。

 

聴いていて楽しい。

気分がワクワクする。

何かしたくなる。

高揚感で一杯になり、一緒に歌いたくなる。

これこそが音楽であり、音楽の根幹を為すものである。

 

単純なメロディーの繰り返し。

彼らの曲は嫌と言うほど、テーマのメロディーを繰り返してくる。

しかし、これがヒット曲には大事な要素なのだ。

そして繰り返し、繰り返し聞かされても、飽きない。

もっと、もっと一緒に歌いたくなる。

一緒に身体を揺らしたくなる。

そういう魅力に溢れたメロディーが多い。

これがQueenの音楽の世界だ。

 

フレディの歌声も申し分ない。

伸びやかであって、濁りのない透明性の高い響き。

それでいて無色ではなく、ストレートな芯のある響きが存在している。

まさに唯一無二の歌声だ。

また語り口のリップ音が爽やかなのがこの人の特徴である。

言葉が非常に明確であるのも、この語り口のタンギング能力が素晴らしいからに他ならない。

 

命日ということで久しぶりに彼の歌声を聴いたが、いつ聴いても色褪せない。

おそらく彼の歌声は永遠に色褪せず、Queenの音楽も永遠に新しいのだと思った。

 

それは、彼が、彼らが、音楽の根幹「音を楽しむ」という実に単純でそれでいて難しい真髄を把握しているからだ。

 

 

いつまでも永遠に色褪せない歌声と音楽。

 

それこそがQueenの世界だ。