ファンでもない人間が彼の音楽の方向性などについて語るべきではないのかもしれないと思いながらも、今回の氷川きよしのコンサートは、今後も続く彼の長い歌手人生の中で一つの分岐点になるコンサートだったのではないかと感じた。

それなら歌を論じる人間として感じたことを書き残しておくことが、今後の氷川きよしという歌手の歩みを見ていく上で必要な作業になると思いブログに書き残します。

正直、彼の歌手としての歩みも苦労も苦悩もファンでない私には、わからないことだらけです。ファンの方からすれば何もわかっていない、と感じることもあるかもしれません。ただ彼の歌や音楽、MCを通して感じることは多くあり、それらはあくまでも私個人の視点からの感想になるということを最初にお伝えして、コンサート曲のレビューを書きたいと思います。

 

 

氷川きよしのコンサートは20周年記念コンサートということでデビュー曲から彼の主となる楽曲をチョイスし、コーナーごとにコンセプトを決めて数曲を続けて歌うという形式だった。

王道である演歌が数多く歌われた中で、私が最も印象に残った曲は、未発表曲の「hug]だった。

この曲はTM NETWORKの木根尚登氏に自らが依頼して作って貰った曲だと彼は言った。

曲調は軽く、歌詞も「抱きしめたい」「大切なあなたを抱きしめたい」という主旨の歌詞であり、完全にポップス。この曲を歌う彼の歌声は、ストレートボイスでそのどこにも演歌特有の片鱗も感じさせるものはなかった。

 

私はこのところ、彼が音楽番組でJPOP曲のカバーを歌うのを何度も聴いた。その中で彼の歌声は元々ストレートのハイトーンボイスであることや、実は中学までロックやポップス曲ばかり歌っていたこと。演歌は高校になって部活動の顧問の薦めで歌い始めたことなどを知った。こぶしをつけるのに苦労したことも聞いた。

演歌を歌うときの彼の歌声は気持ちがいいほど全音域において綺麗に響いている。その歌声は喉の強さを感じさせるもので太くしっかりとした響きだ。

しかし演歌に於いては有効なその歌声も、JPOP曲を歌う時には、その強い響きが邪魔をすることもある。特に低音域では、しっかりと響かせるという演歌の歌い方がJPOPの繊細なメロディーや言葉に適さないと感じることがなかったとは言えない。もう少し全体的に力を抜いて歌えば綺麗に響きが抜けるのにと感じたことはあった。それは演歌歌手である彼がJPOP曲を歌うことへの気負いのようなものを感じることでもあった。

しかし、この日の彼の歌声にはその気負いがなかった。

一人の歌手氷川きよしとして非常に自然体で歌っているのを感じた。それは彼の中でJPOPを歌うことへの躊躇いがなくなり、ただ純粋に音楽を伝える一人の人間として歌を提供している、という気持ちを感じさせるものでもあった。彼の歌声のどこにも演歌の強い響きはなく、フレーズの語尾の言葉の処理が綺麗に響きを抜いた歌声になっていた。

抑揚のない緩急のない日本語を強弱で処理することでリズムを与えるというJPOP特有の歌い方を彼は身につけていた。緩急や強弱の発音で言葉を処理することで歌声の響きに濃淡を与えるという立体的な歌い方は、JPOPの多くの歌手が身おにつけている手法である。この手法を彼は完全に使いこなしていた。それは、この曲を歌うのに適した歌唱法を彼が身につける努力をしたことを感じさせるものでもあった。

彼は演歌とJPOPという全く音楽性の異なる世界を見事に歌い分けていたのだ。

 

「大阪城ホールが大きな一つのクラブになる」というコンサートの後半のコンセプトの中で示された彼のJPOP性は、彼が演歌からJPOPまで幅広い音楽の世界を表現し歌い分けられる歌手であることを証明したと思う。

綺麗に響くハイトーンボイスは、JPOPのバラードからポップス、そしてロックまでを十分網羅できる歌声であるという可能性を示した。

 

「新しい氷川きよしの姿を見せたい」

そう話す彼の今後に於いて、もっと多くのJPOP曲をどのように彼が歌うのか聴いてみたいと思った。