ブログとTwitterでアンケートを取った藤井風の好きな曲のランキング同率1位の3曲目は、『青春病』だ。
この曲は2020年10月に発表された。彼は1997年6月の生まれだから、23歳の時の歌声になる。
この頃の彼の歌声と今の歌声に変化があるかと聞かれれば、答えはNOである。
この曲に拘らず、デビュー曲の『何なんw』ですら、今の歌声と何ら変わるところはない。
即ち、彼の歌声は23歳のデビュー時点である意味、完成されていると言えるだろう。
これが、藤井風の歌手としての安定感に繋がっている。
普通、男性の身体は、女性に比べて成長が遅い。
肉体的な成長は、女性が早ければ16歳前後にはストップするのに対し、男性は20歳前後までは成長する。
よく大学生になっても身長が伸びた、という話を聞くのは、男性に多い。
肉体の器官の中で、声帯という器官は、非常に完成が遅い器官と言われている。
特に男性の場合、12歳前後で変声期を迎える為に、その成長は女性に比べて格段に遅くなる。
声帯が成熟期を迎えるのは、一説によると男性の場合、25歳前後と言われており、この時期までは大きく発声方法を変えることが可能と言われている。
クラシックの声楽の世界では、ピアノや器楽に比べて、本格的に練習を始めるのは、高校生になってからが良いとされている。その理由は、声帯がまだ完成されていない為であり、特に声帯の長さは身長に比例する為、身体の成長に伴って大きく変化することが予想される器官でもあるからだ。
即ち、小学生の頃には、綺麗なボーイソプラノだった男の子が、そのままテノール歌手になるとは限らないのだ。
変声期を超えて、大きく身長が伸び、それに伴って声帯も長くなり、バスやテノールの声になる、などということはザラにある。それと反対に、小学生の頃には身長が高かったのに、中学・高校で成長が止まってしまい、高い声を維持したまま、という男性も少なくない。
もちろん、女性にも変声期はあるが、男性ほど顕著ではなく、わかりにくい。
それに比べて、男性は25歳前後までは、十分に声帯が変化する可能性を秘めている。その為、それまでの年齢でどのような発声をしているかは、非常に重要な鍵となる。
元々の声に対して無理な発声で歌っている場合、後々、ポリープや結節、音声障害というものを招きやすいのは、声帯という非常に繊細な粘膜の器官である為、影響を受けやすいからである。ストレートボイスの氷川きよしが、「演歌の声を習得するのに苦労した」と話すように、彼のようなタイプの声は、実は演歌には向いていない。それを演歌の拳やうねりを身につける為に、声帯に負担を長年かけた結果が、ポリープという疾患に現れたのと同様、LUNA SEAの河村隆一も声帯障害に長く苦しんでいた経緯がある。
このように特に男性に於いては、25歳までにどのような発声を身につけているかは、その後の長い歌手人生に大きな影響を与えると言っても過言ではない。
長年、声楽の仕事に関わってきた私としては、いつも歌手の歌声と発声が気になるのは、そういう点から来ている。
せっかく神から与えられた美声を潰して欲しくないという強い思いがあるからだ。
少し話が脱線したが、この曲に於ける彼の歌声の魅力は、
『青春病』という一種、青臭い誰もが記憶にある爽やかで甘酸っぱく、それでいてなぜか哀愁に満ちた懐かしい感情を歌っているにも拘らず、彼の歌声は怠惰で気怠く完成された都会の洗練された雰囲気を感じさせる、そのギャップ感にあると言える。
彼が描く歌詞の世界は、素直に彼の感情を伝えきる歌詞が多く、決して洗練されたものと言えないにも拘らず、音楽は非常に洗練されており、無駄のない都会の風を感じさせる。そして、それを表現する歌声は、これまた気怠い大人の雰囲気を醸し出しているのである。
このギャップ感が藤井風のたまらない魅力なのだ。
若干、20歳そこそこの彼が、ここまで成熟した音楽の世界を表現出来るのが、多くのクリエイターに「ああ、敵わない」と思わせる要因だろう。
この歌声があっての彼の世界観なのである。
これらのことから考えると、藤井風の歌声は今後、大きく変わるのか?と言われれば、NOだろう。なぜなら、歌手藤井風の歌を作っているのは、クリエイター藤井風だからである。
自分の歌声の長所、短所を知り抜いている。そして、決して無理をせず、声帯に負担をかけないメロディーラインを彼は作っているからだ。
歌手藤井風の一番の長所は、非常に自然体で発声が出来ていることによる。
元々の歌声が非常に幅のあるソフトな歌声を持っており、よく鳴る歌声と言えるだろう。また、声量があり、楽に声を出すことが身についている。それゆえ、彼の発声には無駄がなく無理がないのだ。
このままの発声を続ける限り、大きな障害を起こす懸念はない。
藤井風の評価が音楽界で高いのは、この完成された歌声が、見事に彼の作る楽曲の世界観を伝えきっているからだ。
24歳にして完成された歌声、と言える。
そこにも彼の音楽が非常に大人びているものを感じさせるのだ。