歌手にとって一番の大敵は加齢かもしれない。
喫煙や飲酒、香辛料など、声帯を乾燥させ機能低下に導く要因は多くあるが、本質的に声帯の機能低下を呼ぶ最大の要因に加齢がある。

声帯という器官は成長の遅い器官で、いわゆる第二次成長期と呼ばれる思春期を過ぎても完成されていないことが多い。特に男性の場合は、20〜22歳ごろまではまだ成長期にある場合が多い。
その為、他の楽器と違って、歌は第二次成長期を過ぎてから本格的に練習しても技術の習得に支障を来さないものとも言われている。
特に男性の場合は、明らかに声変わりという大きな肉体的変化がある為、声変わりをする前と後とでは、大きく声の質が変わるということも珍しいことではない。例えばボーイソプラノが必ずしもテノールに変わるとは限らないのである。
また、肉体が加齢によって変化していくのと同じように、筋肉である声帯も加齢の影響を受ける。
十代では透明度の高い伸びやかな歌声が、二十代、三十代と肉体が成熟していくに連れて、歌声にも変化が生まれる。
これは筋肉が加齢の影響を受けることで伸縮の反応が悪くなるのと同じで、筋肉の一種である声帯も同じことが起きることが要因である。即ち、加齢と共に歌声は太く濃厚な響きが主流を占めるようになるのが一般的である。
若い頃は薄く伸縮していた粘膜が加齢の影響により、粘膜の伸縮が分厚い形で起こっていくことによる音質、声質の変化に繋がっていくと考えられる。
この変化は歌手にとっては避けられないものであると想像できるのだ。

しかし、稀に若い頃のままの歌声を何十年も保ち続けている歌手がいる。
その代表的な例は、JPOPで言うなら小田和正かもしれない。
70歳を超えてなお、彼の歌声は、20歳代の透明度を保ち続けている。
伸びやかな歌声はもちろんのこと、その音質の透明感は同世代の中で群を抜いている。
だが、これは彼だけが特別な声帯の持ち主であり選ばれた人だからと認識していたが、発声法を変えることで「衰えない歌声」を手に入れることは誰にでも可能性があるということを私は最近知った。

先日、拝聴した「シャンソン・セレクション」には多くの歌手が登場した。
登場した歌手の年齢層は高い。
おそらく50代以降の歌手ばかりだったのではないかと思える。即ち、加齢による歌声への影響を避けられない年代とも言える。
しかし、その中でも若い年代の歌声、透明度の高い音質の歌声をキープしている歌手がいる。
それは、元タカラジェンヌで劇団四季にも在籍し、数々の主役を演じてきた草笛雅子という歌手だ。
今回、私は彼女の歌声を聴くのが目的だった。

彼女は確かに年齢的に高い。しかし、その歌声は非常に透明度が高く伸びやかなのである。歌声だけ聴けば、20代と変わらない伸びやかさと透明感を持つ。
ブロードウェイや香港でワークショップを受け、ボイストレーニングを積んだ彼女の発声法は、年齢に関わらず若い歌声をキープすることが出来るということ、また発声ポジションを変化させることで様々な色合いの歌声を奏でることが出来るということを証明してみせた。

彼女が歌った歌はMISHAの「逢いたくて今」とフランス映画「シェルブールの雨傘」
そのどちらも高音域から低音域までの非常に広い音域を要求されるものだが、彼女の歌声の音質はどの音域も透明度が非常に高く年齢を感じさせるものはなかったのだ。
多くの歌手の場合、彼女と同じ年齢層であれば、加齢による声帯の機能低下は避けられない。
透明度はどうしても衰え、その代わりに成熟した歌声になる。しかし、彼女の歌声は、独自の発声法を身につけることでいつまでも若さを保つことが出来るということを実証していた。

彼女の唱法は、欧米やアジアでは多くの歌手が実践している唱法だが、日本では母国語の関係から、その唱法を身につけている歌手は少ない。しかし、歌唱法によっていつまでも衰えない歌声を手に入れることは出来るのだ、ということを彼女の歌声は証明していた。
彼女の唱法であれば、どんなに年齢を重ねても歌声は若さを保つことが出来る。
即ち、歌声が老いないのだ。

彼女の唱法を知ってから、多くの歌手の発声法を検証してみた。するとその発声ポジションによっての加齢の影響や、今後の歌声の変化を想像することが出来る。また、言葉が非常に明瞭な歌手と、そうでない歌手の発声ポジションにも通じるものだということもわかる。

「衰えない歌声」

それは歌手がどのポジションで発声しているのかということが大きく起因するのだということを実証するような歌声だった。