たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。
今回は、女性シンガーAI(アイ)を扱います。『Story』や『アルデバラン』などのヒット曲を持つ彼女ですが、近年、歌手活動に留まらず、音楽を通して世界に平和を訴えかけるなど、積極的に自分の考えを発信しています。また、2人の子供を持つ母親としての側面と歌手としての活動の両立に奮闘しながら、自らの行動で次世代へのメッセージを伝える彼女の魅力についても迫っていきたいと思います。
(前編はこちら)
『アルデバラン』ができるまでの、ドラマチック・ストーリー
AIと言えば、力強い歌声とパワフルなパフォーマンス、そしてR&Bやヒップホップなどのソウル系の個性的なミュージシャンというイメージを抱きがちではないでしょうか。
ですが、そのイメージを大きく変え、どの世代にも受け入れられるシンガーとしてポピュラーな位置に立ったのが『アルデバラン』だったと思います。
『アルデバラン』は、朝のNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』の主題歌です。このドラマは、母、娘、孫という昭和から令和までの100年を生き抜いた3代にわたる家族の歴史を描いた作品です。
戦争という抗えない出来事によって翻弄され、離れ離れになった家族が、再会し、1つの家族になっていく物語を描いたもので、その時代、その時代を精一杯、家族を守ために生き抜いていく女性の姿が印象的なドラマでした。
このドラマの冒頭に流れるのが、主題歌の『アルデバラン』です。
AIは、最初、自分に連続ドラマの主題歌が依頼されたとき、NHKの担当の人から、『三世代百年のファミリーヒストリーの主題歌を』ということを聞いて、自分の家族の物語にも通じるものがある、と思ったそうです。
なぜなら、彼女の母方の祖母はイタリア人で様々な困難を乗り越えて生きてきた人だったからです(※)。そういう思いもあって、楽曲制作には非常に熱が入ったとか。
全部で9曲ほど、作ってはスタッフに聞いてもらう、を繰り返したそうですが、どうしても納得のいくものにならない。
そんなときに、スタッフの方から、「直太朗くん(森山直太朗)に書いてもらうのはどうか」という話が出たそうです。スタッフは、以前に森山直太朗が山崎育三郎に書いた作品『君に伝えたいこと』を聴いていて、AIにも合いそうだと思ったとのこと(※)。
そういう経緯もあって、森山直太朗にオファーをすると快諾してくれたと言います。しかし、連ドラの主題歌とは言わずに依頼したとか。
彼女は、この曲の冒頭の歌詞「君と私は仲良くなれるかな この世界が終わるその前に」をみた瞬間に、「この曲だ!」と思ったそうです。
この歌詞からは、離れ離れになった人々が再会出来るかどうか、という物語のテーマにピッタリのものを感じたと言います。ですが、歌詞に「ペテン」とか「愛しい人」「紡いだ心の糸」「逢えないときの静寂」など自分では絶対に書かないことばが出てきて、本当に歌えるだろうかと思ったとも。
彼が、「AIちゃんなら絶対歌えるよ!」と言ってくれたことで自信を持つことができ、デモテープをNHKの担当者に提示したところ、OKが出たのです。
このとき、実は、彼女は、この曲が森山直太朗の曲だとは言わずにNHKに提供しました。
「誰が聴いてもいいと思ってもらえるような歌を届けたい。曲の良さで勝負したい」と思う気持ちからだったと言います。
NHKには、誰が作ったのかを言わず、森山直太朗には、連ドラの主題歌であることを伝えず、「AIに歌って欲しい」という曲を提供してもらい、「本当にいい歌を伝えたい」という彼女の強い思いから、『アルデバラン』は誕生したのです。
名曲の裏には、ミジンコがいた!?
続きはこちらからAI『後に続くものに平和を伝え続けるミュージシャン』(後編)人生を変えるJ-POP[第37回]|青春オンライン (note.com)