たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。
今回は、韓国出身の歌手ジェジュン(J-JUN)を取り上げます。
彼は、東方神起のメンバーでした。筆者にとって、この連載の主旨でもある「たった1人のアーティスト、たった1つの曲に出会うことで人生が変わる」という、まさに久道の人生を変えた出会いのアーティストです。
彼の人物像や日本活動を行うことになった経緯、また韓国人でありながらJ-POPを好んで歌う音楽の世界観などを評論的立場から掘り下げていきたいと思います。
韓国では一気にトップアイドル。なのに日本では…
東方神起は、韓国でデビューと同時にトップアイドルに上り詰めました。「東方神起」の名前の由来通り、このグループは、韓国以外に中国や日本をターゲットにしていました。日本進出以前に既に中国をはじめとする東アジア諸国ではブレイクしていたのです。
ところが、日本では、現地化政策を取ったにもかかわらず、思うほどの話題になりませんでした。なぜなら、日本はボーイズアイドルグループの激戦地であり、外見が良く歌って踊れる東方神起は完全に日本のアイドルグループとイメージが被っていたからです。
そのため、エイベックスは路線変更をし、彼らを実力派のボーカルグループとして活動させ始めました。そして、地方の番組やイベントに積極的に出演させるという地道な活動(いわゆるどさ回りと呼ばれるもの)をさせながら、少しずつ彼らの認知度を広げていきました。これによって楽曲『どうして君を好きになったんだろう』の大ヒットに繋がっていったのです。
もう一つの大きな理由にジェジュンの歌声がありました。
東方神起の初期のプロデュースを行なった松尾潔氏(CHEMISTRYのプロデューサー)は、彼の歌声を日本人好みの響きに作り替えることにしました。なぜなら、日本人は高めの甘い響きの歌声を好む傾向にあるからです。
ジェジュンの歌声は、元々は、少し太めのソフトな響きを持っています。松尾氏は、その声を少し細めで甘い響きに作り替えるように彼に指示しました。ジェジュンは新しい声を自分のものにするのに1年半から2年近くかかったと言っています。
彼自身が『Begin』の楽曲に出会い、初めて「少し歌い方がわかった」と話しているのです。このように、彼は日本の楽曲をメインボーカルで歌うことによって、自分の歌声を作り変えていきました。
ジェジュンの歌声は、ひと言でいえば、不思議な魅力があるということです。
彼は韓国でデビューしたとき、17歳でした。17歳といえば、まだ声帯は成長期にあります。男性は、第二次性徴期を経てもなお、甲状軟骨(いわゆる喉仏と呼ばれるもの)が少しずつ伸びていきます。この軟骨の成長が止まるのが大体25、6歳と考えられていて、男性歌手の場合は、10代の歌声と20代以降の歌声は変わることが例外ではありません。
また、歌手がボイストレーニングをして発声そのものを変え、歌声を変えるのが可能な年代が、男性の場合は25歳頃までと言われています。
ジェジュンが歌声を根本的に変え、身につけたのが20歳前後ですから、まだ彼の声帯は成長途中にあったと言えます。これが、彼が歌声を変えることに成功した一つの要因でもあるのです。
韓国でのデビュー当初の彼はメインボーカルではありませんでした。その頃の歌声は、今と全く異なり、低音部は太く、中音部は響きがなく、高音部は非常に細い頼りない響きの歌声です。彼の歌声は日本活動をしたことと、肉体的成長によって大きく変化してきたと言えるかもしれません。
普通、1人の人間が持つ歌声のタイプは1種類のことが多いです。たとえば、ビブラートを持たないストレートタイプの歌声なら、低・中・高、どの音域もストレートタイプの歌声に変わりはありません。
反対にビブラートのある歌声では、どの音域にもビブラートが存在します。このように歌声は、どの音域を歌っても基本的なタイプが変わらないのが普通です。ですが、ジェジュンの場合、2つの響きのタイプを持っていると考えます。
1つは低音域から中音域にかけてのビブラートのある歌声。そして、もう1つは、高音域の少しハスキー気味なストレートボイスです。さらに彼の特徴として、低音域と中音域では倍音が鳴り、非常に甘い響きになります。
このようにこの人の歌声は、音域によって2つの響きを持っているのです。これが、彼が楽曲によって様々な歌声を出せる理由ではないでしょうか。
響きの異なる2種類の歌声
続きはこちらから
ジェジュン『J-POPの世界を描き出す2つの歌声の持ち主』(後編)人生を変えるJ-POP[第16回]|青春オンライン (note.com)