布施明のコンサート『祭りのあとの歌ものがたり』に行ってきた。

彼の生歌をぜひ聴きたいと思っていた。

彼は昔から好きな歌手の1人だ。

高音の伸び、甘い歌声、響きの色艶。

どれをとっても私の好きなポイントに入ってくる。

彼の歌でも『君は薔薇より美しい』が大好きだった。この曲の生歌を一度は聴いてみたい、と思っていた。

 

昨年、NHKの何の番組だったか(確か『SONGS』だったような気がする)を観た時に、彼の歌声を久しぶりに聴いた。数年前、彼の歌声を聴いた時、明らかに落ちている、と感じていたから、その後、彼の歌声はどうなっただろうという思いもあった。

しかし、彼は見事に復活していた。

『君は薔薇…』や『My Way』を聴いたが、伸びやかな高音が戻り甘い中音域が戻っていた。

そして彼は、こんなことを話していた。

「歌手は人前で歌わないとダメなんです。人前で歌うことでお客さんからエネルギーを貰い、パフォーマンスを保つことが出来る。コロナで歌えなくなって、やっぱり力が落ちたと思う。お客さんの前で歌わないとダメなんです」と。

私は彼の生歌が聴きたくなり急いでコンサート日程を調べたが、既に広島しかなく残念な思いで諦めた。その時から、絶対に来年は聴きにいこう、と思った。もう70歳を超えている彼の美声はいつその輝きを失うかもしれない、だから今のうちに聴いておきたい、と思ったのだ。

 

今年、念願の彼のコンサートのチケットを早くから手に入れ、この日が来るのを楽しみにしていた。

場所は大阪フェスティバルホール。

玉置浩二や平原綾香など、歌唱力のある歌手達が好んで使うホールだ。

そこで彼の生歌を初めて聴いた。

事前の情報を何も入れずに行ったので、とにかく『君薔薇…』さえ聴けたら、それでいい、という思いだった。

 

私の希望はコンサートの冒頭にあっけなく叶った。

彼が『君薔薇…』から歌い始めたからだ。

彼の美声は完全に戻り、サビの部分の有名なラスト「…君は 変わった〜〜〜〜〜〜〜』

のロングトーンは、普段、TVで聴くよりも何倍も長かった 笑

 

彼の歌声は絶好調。

「千昌夫と同期で汚いアパートに住んでる頃からの知り合いなんですよね」と話しながら、2人とも同じ歳の74歳だと話した。

70を超えたあたりまでは知っていたが、74歳になっているとは思いもしなかった。

彼のサラッと「今年、僕、74歳」と話す陰で、どれだけの自己節制と自己管理、そして、肉体を保つだけの努力をし続けているのだろう、と想像した。

声帯が筋肉である限り、肉体の衰えと同じように必ず衰える。

年齢に関係なく、一日、声を出すことがなければ、話始めの時に声が引っかかったり、しゃがれたりするのは、それほど高齢でなくても誰もが経験する出来事だ。

数年前にポリープがツアー中に出来て、手術も覚悟したが、発声を変えたら自然治癒した、という彼の話は、如何に歌手にとってセルフコントロールの力が重大かを物語っている。

好き放題やっているように見えるアーティスト達の実生活は、実は非常にストイックに自己管理をしている人が多い。

そうやっても長年美声が保ち続けられる人は、ほんの一握りしかいないのが現状だ。

それぐらい声帯という器官は繊細で厄介な器官でもある。

彼の歌声が明らかに戻っているのは、彼が鍛え直したからに違いない。

きちんと管理しながら鍛え直せば歌声は戻ってくる、何歳になっても。

それも声帯という器官の不思議さだ。

アンコールまで入れれば、23曲。

マイク無しで歌うものもあり、彼の歌声は健在だった。

 

 

私は彼の歌で知っているのはほんの数曲しかない。

それでも『カルチェラタンの雪』や『霧の摩周湖』は聴いたことがあるし、『愛は不死鳥』『シクラメンのかほり』はあまりにも有名だ。

歌を知らなくても歌唱力のある歌手なら観客を飽きさせない。

歌声の魅力に嵌ったものの心をガッチリと掴んで離さないからだ。

私は音楽評論家になって日も浅い。だからよほど好きなアーティスト以外のコンサートでは、ほぼ知らない曲のオンパレードになる。それでも飽きさせないだけの魅力のある歌手はたくさんいる。

そうやって知らない曲を聴くことでその人のファンになっていく。

この日の彼の曲もそういうものが多かった。

『まほろばの国』は大曲であり、ある意味、彼の集大成とも言える楽曲だったように思う。

 

アンコールは『My Way』で、

最後の『Time Say Goodbye』の美声に心が震えた。

静かに1つ1つの言葉に心を込めて大切に歌い上げる彼のこの曲は、バラードの帝王だった。

堪らないほど、美しい歌声が会場に鳴り響いた。

 

いつまでもいつまでもこの美声が衰えないことを願っている。