「女になる」

 

宝塚の男役が退団後に必ず直面するのがこの問題だ。

今まで「男」になりきるために生活習慣から仕草、洋服の好みまで「男」を意識してきたすべてのものから、退団後は否応なく「女」と向き合わなければならない。

1番のハードルは「スカートを履く」だ。

スカートを履き、髪を伸ばし、いきなり女優になって行く。そういう男役を数限りなく見て来た。今までのイメージを一新するかのように、いや、しなければ彼女達自身が「男役」というものを捨て去れないかのように。そしてそんな彼女達を見てファンも納得するのである。「ああ、もう今までの〇〇とは違うんだ」

 

だが時代は変わった。

ジェンダーフリーが叫ばれ、男女の性差を問わなくなった。

退団したからと言って、無理に女になる必要はない。

スカートも履かなければ、髪も伸ばさない。パンツを履き、堂々と今までのスタイルを貫いて仕事している元ジェンヌもたくさんいる。そしてファンも無理に自分を納得させなくてもいい。無理に女優になった推しを受け入れなくても押しの姿は変わらない。ステージでは相変わらずカッコいい男役を演じ、普段の格好も変わらない。そんな元男役もいるようになった。

 

紅は「女優になる」と言った。

現役時代、圧倒的オーラを持つ男役だった彼女が「女優になる」道を選んだ。

ややもすれば「ビジュアルだけ」「オーラだけ」などと批判されがちになるほど、男役としてのビジュアルが完成したスターだった。

その彼女が「女優」の道を選んだのだ。

ミュージカル全盛の時代、退団後、その道に進むスターが多い中で、あえて「女優」の道を選んだ。彼女の現役時代の演技力からすれば当たり前のようにも思えるその選択だが、「自分は女優になる」と言い切ったところが彼女らしい。「女優になる」と言わなくても退団後、芝居をすれば女優なのだ。そこをあえて宣言するところに彼女の吹っ切れ感がある。

 

「ゆずるちゃんはね、いきなり女になるより中性っぽく行けばいいかなー、と思うのよね」と紅子が言うように、「紅-ing!!」に登場した紅は、現役時代の圧倒的オーラを残しながら、すこーしだけ「女」の顔を見せた。そして歌手としての進歩を確実に見せた。

 

現役時代、一部のファンから批判されがちだった彼女の歌だが、私は一度も彼女の歌について懸念を持ったことがない。それは彼女の歌には歌手として最も大切な「心」があるからだ。

どんなに綺麗な声でどんなに完璧に歌っても、どんなに他を圧倒するほどの声量を持ち、誰もが「上手い」と称賛しても、私はその歌に歌手の「心」がこもっていなければ好きになれない。「心」がこもっているかどうかは、聴けばわかる。彼女の歌には、歌い手の心がこもって確実に観客の心に届くのだ。それこそが演技者の歌と言える。

 

発声は悪くない。テクニックも低くない。ではなぜ、批判する人がいるかと言えば、「鳴り」のいい歌声にある。いわゆる抜け感が少ないのだ。

彼女の声は、専門的に言うところ「鳴り」のいい声帯を持っている。ただ彼女の最も「鳴り」のいい音域は中音域からチェンジボイス手前の高音域で、いわゆる男役の音域を歌うには高過ぎた。そのため、低い声を出すのに非常に苦労して歌っている感があった。チェストボイスで胸に強く響かせないければ響きが抜けてしまう。だから彼女の低音域の歌声は、どうしても響きが縦に通らず、平坦になりがちだったのだ。しかし中音域から高音域にかけては様々な音色を持つ。

 

私がなぜ彼女に惹かれたかと言えば、「双子座のジェミニ」を歌い切った彼女の演技歌唱力に感服したからだ。

男役と女役の二つの音域を行ったり来たりする「双子座のジェミニ」は、瞬時に声質の切り替えを求められる。二つの音色を歌い分けるには、広い音域を持っていなければならない。

ピンと張ったストレートボイスで、低音域と高音域を演じ分ける。それは「歌」と言うより「演技」に近い。その演技力とも言うべきものは、自分を捨て去るだけの潔さがなければ決して演じきれない。

この演技的歌唱力が彼女は抜群だと思った。

 

エンターテイナーに求められるのは、自分を捨て去り演じきれる力だ。

彼女にはその潔さを感じる。

彼女の場合、「歌」は「演じること」に繋がる。

だから「紅子」というキャラクターが生み出され、「マイ・ウェイ」を歌いきる。

「紅子」は紅ゆずるの代弁者であり、早くから女優の顔を見せるキャラクターだったのだ。

 

真っ赤なロングドレスを身に纏い「私は私」を歌う彼女は、もう立派に女優だった。そしてきっと彼女ならシャンソンをうまく歌えると私は思う。なぜならシャンソンは「演じきる」ことを求めるからだ。

 

「ゆずるはゆずるの道を行く」と紅子が言い切ったように、彼女は彼女の道を行けばいい。

 

彼女は常に「自分軸」で生きて来た。

宝塚という大きな存在の中でも「自分軸」を決して揺るがさない人だった。だから彼女のようなタイプのスターは二度と出ないだろう。

 

「紅-ing!!」のタイトル通り、「紅、続行」なのだ。

 

彼女の進化が楽しみだ。

そして私も「紅子」と一緒に「ゆずるちゃん」をどこまでも応援する(笑)