昨年の紅白では何人かの歌手が印象の残ったが、その中でもやはり氷川きよしの存在感は別格だったように思う。
彼が演歌というジャンルを超えてポップスやロックの分野に進出して丸2年。
長髪にファッショナブルな姿で「自分」というものを表現することに一切の躊躇を感じさせなくなった彼の今の姿は、非常に魅力的で、表現者としてのスケールが一回りも二回りも大きくなったと感じさせる。
即ち、ポップスやロックの分野に進出したことで、歌手としての生命線が太く長くなったことは確かなことだろう。
ポップスやロックからは、最も遠い場所にあるカテゴリー。
それが演歌でもあり、そのジャンルへの挑戦は一種の大きな賭けにも近いものだったかもしれない。
しかし、その冒険は見事に成功して、氷川きよしという歌手を大きく成長させている。
前年に『限界突破✖️サバイバー』で自分のイメージを打ち破った彼が次の年に選んだ楽曲は、『歌は我が命』だった。
美空ひばりといえば、誰しもが知る「歌姫の女王」であり、彼女もまた、演歌というジャンルを超えて、歌い続けた歌手でもある。
『東京キッド』『お祭りマンボ』に始まり、『愛燦燦』『川の流れのように』などの近年のJ-POPの楽曲まで、彼女はまさに当時の日本の音楽界の全てのジャンルを網羅した歌手だった。
その彼女の晩年の名曲『歌は我が命』はまさに、歌に命をかけて歌手人生を全うした彼女そのものの生き方を表した名曲である。
この楽曲を彼女は、非常に軽く明るい音色で歌っている。全体の音色は明るいが、その中に非常に充実した野太い響きの歌声があったり、反対に響きを抜いた柔らかい歌声など、実に多種多様な色彩の歌声が散りばめられている。即ち、美空ひばりのありとあらゆる歌声を堪能することの出来る一曲なのである。
この楽曲を選んだ氷川きよしの挑戦は素晴らしい。
紅白、という歌手にとって最も重要であり一年の締めくくりとも言えるべきステージで、彼はこの曲を選んだのである。そこに彼の並々ならぬ歌手としての決意が見てとれる。
彼にとって演歌歌手というカテゴリーを外した挑戦は、歌手生命そのものを賭けた挑戦であるということを感じさせるのである。
その決意通り、紅白における彼の歌は、集中力が素晴らしかった。
その楽曲を昨夜の「うたコン」でも再度、披露した。
この楽曲が難曲と言われているのは、
フレーズによって声の響きを変えていかなければならないところにある。
例えば、
「どうしてうたうの そんなにしてまで
ときどき私は 自分にたずねる」
この冒頭からのAメロでは、語りのフレーズになるために、柔らかい音色で歌うことが必要であり、
「それでも私は
うたい……うたい続けなければ」
このBメロになると少し芯のある響きで「決意」を表現することになる。
そして、サビである
「あなた! あなた! あなた!………
あなたがいるかぎり」
ここでは、エネルギッシュでパワフルな歌い上げていく構成になっているのである。
この楽曲は非常に短い楽曲であり、Aメロ、Bメロ、サビ、という実に単純な作りになっている。
この単純な作りの中で、3種類の歌声の響きの切り替えが要求され、さらにパフォーマンス力が要求される。
まさに、美空ひばりの為に書かれた曲であり、彼女の歌人生そのものを描いた楽曲でもある。
その楽曲を氷川きよしが歌い継ぐ。
彼の歌声は、これらの欲求を全て熟せるだけの力量を持ち、さらに真っ直ぐな響きで歌声が立っていくところに、この楽曲にピッタリである、ということが言えるのだと感じる。
昨夜の「うたコン」では、紅白の時よりも一層、この3種類の歌声の違いが顕著だった。
時間を経ることで、この楽曲が彼の中で確実に消化され、氷川きよしの『歌は我が命』になっているのを感じさせる。
多くのカテゴリーの歌に挑戦することで、氷川きよしの歌手としてのスケールが成長しているのを感じさせる一曲だった。