東方神起時代、最後の曲だ。

この頃のジェジュンの歌声は確かに透明的で伸びやかだ。

しかし、今の歌声と比べて細く幅がない。

また声の習熟度という点から言えば、30代になってからの方がずっと艶やかだ。

 

ジェジュンが日本活動を再開したこの2年、一番気になったのは彼の声の出し方だった。

全体に声のポジションがどの音域も喉に落ちてしまっていた。

ポジションという点に於いては、東方神起時代は彼の発声ポジションは完璧である。

それはどの音域に於いても、決して喉に落ちるということはなく、綺麗に鼻腔に響いていたからだ。

 

この鼻腔への響きがややもすれば鼻声気味で好きでないという人もいるぐらい、見事に鼻腔に当てて歌っていた。

しかしこの曲では彼の歌声は珍しくハスキー気味で喉に落ち気味になっている。

特に高音部における歌い方は、少し下から突き上げ気味の発声になっている。

それは全体に声帯のくっつきが悪い、乾燥気味であるのを感じさせる。

これは声帯のコンディションの問題であって、出し方そのものが喉に落ちてしまっているというよりは、声帯がうまく反応しない為に、力で押し切ろうとしている様子が見える。

その為、全体に伸びを欠いた歌声であり、ハスキー気味でその分無色の息漏れ気味の歌声が続いている。

 

この歌声に比べれば、この半年後に発売された「いつだって君に」の冒頭の歌声の方が同じように幅のない細い歌声だが、艶やかで伸びやかである。

 

この頃は分裂などの様々な事柄があり、それが声帯のコンディションにも影響を及ぼしていると思う方が自然と感じる。それぐらい、精神的な事柄が声に影響を与えるタイプの歌手だということがわかる。

 

そういう点で日活再開後の歌声には暗さや絶望感の色合いはない。

 

歌声と共に歌手の背景にあるものを回顧するのも、歌声を分析する上では大切な要素であると感じる。

これが肉体を使っている歌というものと、楽器との大きな差でもある。