私は彼の歌声を2010年からリアルに聴いてきた。

そして2010年以前の歌声は音源や映像によって何度も聴いた。

 

私が彼の歌声に惹かれたのは、まさにこの2010年以前の2005年以降の日本での東方神起のメンバーとしての活動による歌声だった。

以前も記事に書いたことがあるが、その頃の彼の歌声は、伸びや透明性に於いて申し分なかったと記憶している。

クラシック畑の私が彼の発声だけは理に叶っていると感じ、JPOPを歌う人にそのような発声をしている人がいるということにも驚きがあった。それが彼の歌に一番惹かれた理由である。

そしてファンになり、彼の歌声をデビュー当初から聴く中で、ある時期から彼の歌声が大きく変わっていることに気づいた。これが彼が「発声を変えたのではないか」と思った発端である。

それに気付いてからは、彼がいつ発声を変え出したのか、また、変える前と変えた後ではどのように歌声が変化したのか。さらにどこをどういう風に変えたのか、ということについて、歌をする人間として非常に興味が湧いた。

だから彼の歌に関してはほぼ全ての楽曲に関して聴き込んだと言ってもいい。

そうやって彼の歌声をこの10年、聴き続けてきた。

 

彼の場合、韓国語と日本語という2つの言語を歌うことによって、それぞれの言語学的特徴が歌声に影響を与えていることがわかる。

さらに彼の歌声について厳密に言うならば、2004年の韓国デビューから日本活動が始まるまでの1年間、2005年〜2009年までの日本活動期間、2010年の分裂を経て2012年までのJYJとしての活動期間、2013年〜2017年までの韓国でのソロ活動期間、そして2018年〜現在までのソロ日本活動期間という風に、その時々の彼の歌手として置かれているポジションによって細かく彼の歌声が変遷していることがわかる。

これは韓国語と日本語という2つの言語を歌うことから来る変化と、5人から3人、さらには1人という風に彼が担うポジションの違いによって、それぞれの期間で声が細かく変化してきたと推察出来る。

 

彼の歌声のそれぞれの期についての変遷は、機会をあらためて書いてみたいと思うが、ここでは、この2年間の彼の歌声について書いてみたいと思う。

 

2018年2月に彼はソロ歌手として日本活動を再始動した。

再始動後は歌手としてCDの発売、それに先駆けてのライブ、発売に伴う番宣の音楽番組出演など、活発に活動をした。

この2年間に発売したCDは、この3月に発売した新曲を入れて3枚とフルアルバム1枚、カバーアルバム1枚と、かなりコンスタントに活動をしている。

この2年間の活動に対し、それまでの8年間の韓国での活動は、ミニアルバム1枚、フルアルバム2枚を出したのみであり、この1月に発売されたCDは実に4年ぶりというものだ。

これはそれ以前の5年間の東方神起時代における8枚のフルアルバム(日本4枚、韓国4枚)と日本における30枚のシングルCD、配信曲2曲の活動に比べると如何に歌手としての活動ができていなかったかを顕著にする数字と言える。

 

軍隊時代の2年間の活動の方が歌手としての需要が高かったという実に皮肉的な韓国時代を経て、彼は2年前に日本に復帰した。

それはソロ歌手としての復帰である。

私は、このソロ歌手としての復帰と日本語で歌うという2つの要因が彼のここのところの歌声の高音部を中心とした不調の大きな誘因ではなかったかと思っている。

 

先ず、ソロ歌手としての活動については、確かに彼はソロ歌手として十分な技量を持ち合わせていたと考える。

東方神起時代もメインボーカリストとして多くの楽曲のメインパートを歌い、ハーモニー音楽の牽引者としての責務を全うしてきた。

東方神起時代の彼の歌声は実に透明度が高く、伸びやかで、多彩な色合いを持ち、ソロ歌手としての高い能力の可能性を示している。

しかし、メインパートを歌うということと、ソロ歌手として一曲を歌いきるということとは、似て非なるものである。

ボーカルグループに於けるメインパートの責務は、確かに重要である。そのグループのハーモニーの要であり、グループ音楽のイメージを担う歌声でもある。しかし、グループ音楽の場合、人数が多ければ多いほど、歌う機会は分断される。また、多くの場合、それぞれが最も得意とする音域を担当する場合が多く、それらのパート構成を考えて、最初から楽曲は作られる場合が多い。

即ち、プロデュースする側から言わせれば、苦手な音域、魅力的でない声の音域の部分は、極力避けて担当させる傾向にある。

それは彼の場合も例外ではなかったと考える。

確かに彼は音域が広い。低音域から高音域まで満遍なく出るタイプであり、どこかの部分に於いて、声が出にくいという部分はなかった。しかし、それらは、5人で歌う曲の分断されたほんの短いフレーズであることが多く、最初から最後まで歌い通すということはほとんどなかったに等しい。

東方神起は「Lovin’you」以降、彼をメインパートに据え、彼の歌声を中心としたハーモニーグループに作り替えられている。彼の歌うパートは多く、サビに関してはほぼ全曲を彼が担当しているに等しい。しかし、それでも彼が歌わないパートは多くある。

それに比べて、ソロ歌手というものは、当然のごとく、全曲を一人で歌い通す。

そこには楽曲によるメロディーが優先され、歌い手の得手不得手に合わせて作るというよりは、作曲家が現したいことがメインになり、歌手はそれを具現していくという立場の違いが生じる。

その為、歌手が必ずしも得意な音域や歌いやすいメロディーであるとは限らない。

また一曲を歌い通すことによる力の配分、声の使い方など、グループでは考えなくても良かった部分のコントロールが必要とされてくる。

これが最初からソロ歌手としてだけの活動をしていたなら、これらのことを考えるまでもない。しかし、彼は最初から5人という形でデビューし、5人で歌うことが当たり前の活動をしてきたのである。

たまにソロ曲を歌ったとしても、その活動は非常に限定的で、何時間ものコンサートを自分一人で歌いきるという活動とは全く異なるものである。

韓国やアジア各地で彼が8年間に行ってきたソロ活動というものは、ファンミという形であり、韓流スターとしてのファンサービスのイベントにミニコンサートが付随しているというものでしかない。

即ち、ソロ歌手として日本活動を再始動したとき、彼は上記の部分に於いて、ソロ歌手としての経験が不足していたと言わざるを得ない状況にあったと思われる。

これが一点。

 

そしてもう一点は、日本語を歌うことの弊害である。

これは、日本人であっても生じる障害であり、昨今のJPOP歌手に多発している音声障害、声帯炎の原因とも言われているものである。

即ち、「日本語を歌う」という行為に於いて生じやすい声帯の炎症と弊害である。

 

 

何度か記事の中で触れたことがあると思うが、日本語で歌を歌う、という行為は、他の言語に比べて、非常に声帯に負担をかけやすい。

それは日本語というものの発音に起因する。

日本語がなぜ、「歌に最も向かない言語」と言われているかは、その発音と言語構成にある。

日本語は他言語に比べて、僅かに5つの単純母音しか持たない。即ち、子音で終わる単語を持たない言語である。

その為、発音が他の言語のように子音+母音という明確な線引きをしなくても、複合発音(例えば、「わ」は多言語に於ける「W+A」では決してない)しなくても「わ」はあくまでも「わ」という一文字、の発音として認識されている場合が多い。

その為、日本語は、基本的に上顎、または上唇を使わなくても発音できる言語であり、さらに口を大きく動かさなくても音節の繋がりで、口の中で発音できる言語でもある。

日本人の多くが外国語を習う時に苦労するのが、複合母音の存在であり、子音で終わる単語の発音であり、さらに上顎、上唇を使って大きく動かし発音する単語の存在である。

この上唇を動かすという行為は、実は声を上唇の部分に当てて自然と発音しているということになり、これは歌を歌う上で実に重要で有効なポジションと言える。

即ち、日本人以外の言語を話す多くの諸外国の人達は(世界中、全ての言語を調べた訳ではないから、このように記載するが、おそらく日本人以外の欧米諸国、アジア諸国に於いて)常日頃、その言語の特性から、歌を歌うのに適したポジションで会話をしているということが考えられる。それに対し、日本人だけは、発声ポジションが上唇より下の部分にあり、歌うのに適していないポジションを取っていると考えられる。

その為、日本人は歌を歌う時、非常に苦労するのが、この発声ポジションを上に取るという作業だ。

これは日本語を話す時には全く必要としないポジションと言える。

最近のJPOPの歌手に多発する傾向の声帯炎の原因に、この発声ポジションが会話するときのポジションのまま、高音域の可動範囲の広く上下に激しく行き来するアップテンポのメロディーを歌うことが挙げられている。

これは上下にアップテンポでメロディーが行き来する場合、声帯の動きは非常に活発になり、かつ、閉じたり開いたりを速いスピードで繰り返す。また、高音部のロングトーンやシャウトの連続などは、非常に声帯そのものに負荷をかけるものであり、それらを使ったメロディー展開の楽曲が、最近のJPOPの主流になりつつあることが、歌手の声帯に障害を起こしやすくしている誘因と考えられている。

これらの楽曲を短期間に繰り返さなくとも、長期的に会話ポジションでの日本語の発音のまま歌い続けることでも、これらの障害は起きやすくなる。

即ち、日本語で歌う場合、会話ポジションと歌のポジションとをきちんと使い分けれなければ、声帯そのものに非常に負荷をかける懸念があるということだ。

 

日本語を母国語とする日本人に起きやすい現象であるが、これが彼にも起きていたのではないかと思われる。

彼は韓国人でありながら、非常に日本語が堪能である。特に発音に於いて、一部イントネーションでは外国人特有のものを感じることもあるが、言葉の流暢さに於いては、ネイティブとほぼ変わらないぐらいの発音をしている。

これは、日本での生活が長くなるに従い、日本語の音の環境の中で、彼の発音が日本人の発音にどんどん似通ってきたことの現れでもある。

しかし、これが、返って、彼の歌の発声ポジションに微妙な影響を与え、日本語特有の上唇を使わなくても発音できる発声ポジションのまま歌う、という状態になっていたのではないかと推察する。

このポジションのズレは、非常に僅かなものであり、彼の中にある感覚が頼りになる。

それゆえ、彼の感覚そのものがズレてしまっている場合、かつてと同じポジションで日本語を歌っているにも関わらず、実際に出てきた音声は微妙にポジションがずれており、その僅かな響きのズレが高音部の歌いにくさや伸びに影響を及ぼし、ひいては、歌声全体の透明度をも低下させるという現象になっていたのではないかと思う。

 

しかし、東方神起時代も日本語が堪能だったではないか、という反論もあるかと考えられるが、東方神起時代は、彼は全て管理された中で歌っていた。それは会話にしても5分の1だったかもしれず、また、普段の会話はメンバー内では今よりも韓国語だった可能性がある。また、avexが全ての面で管理しており、仮に彼の発声がうまくいってなければ、必ず修正のアドバイスをしていた可能性はある。それに比べると、現在の彼は、仕事面に於いても全て自分が前面に出て交渉しなければならず、日本語の書類の読み書き、日本語での会話などの量は比べ物にならないと感じる。

彼はほぼ24時間、日本語をシャワーのように浴びており、その環境下では、ネイティブ特有の発音の癖までも自覚しないうちに身につけている可能性は大きい。

 

彼が日本活動再開後に選んだ曲は、シングルもアルバムも含めて、多くが非常にハイトーンの音域のものである。

またロック、バラード、R&Bなど、音楽の種類は多岐に渡り、それらを全て日本語で歌いこなすための発音のストレスは半端なものではなかったと感じる。そういう中では、彼の中の注意点が、発音に傾き、発声ポジションを確認する、という精神的余裕はなかなか持てなかったかもしれない。

またケイダッシュは、彼の以前の音楽活動に関わっておらず、直接的に彼の過去の歌声を知らない。その為、彼の歌声に対しての意見を持たなかったかもしれない。

さらにシングル曲の「Sign」や「Defiance」に於いては前述の高音部をハイテンポで行き来するメロディー展開が使われており、声帯に非常に負荷をかけやすい作りになっている。

これらの点が彼の歌声に微妙に影響していたと考えられる。

 

彼は2月になって、発声ポジションを修正してきている。

それに伴い、新曲の「BRAVA!!BRAVA!!BRAVA!!」に於いては、非常に日本語が逆に明確になったという現象を呼んでいる。

これは、日本語の発音を子音+母音の形に認識したことによって、上唇を動かす発音に変わったことと、発声ポジションのズレに彼自身が気づいたことによって修正がかかっている証拠だと感じる。

また「Ray of Light」は非常にゆったりとしたバラード曲で、サビ部分を除けば、発声ポジションを確認しやすいメロディー展開になっている。

これらのことも彼が発声ポジションを修正しやすかった原因ではないかと考える。

 

いずれにしても、今後も彼の歌声の推移を慎重に見届けたい。

彼が元の透明度の高い伸びやかな歌声を取り戻すことを願っている。