韓国人が日本語の歌を歌うこと。

それは決して容易なこととは思えない。それをすっかり忘れがちになるほど、彼は日本の音楽業界の中で一つのポジションを築きつつあるように感じる。

彼は8年のブランクの間も日本語のカバー曲を数少ないコンサートで必ず歌い続け、日本語でMCをし、余りにも日本語を当たり前に話してきた。だからどこかで錯覚してしまうのかもしれない。

外国人が日本語を歌うことの難しさをつい私は忘れがちになる。

 

「日本語は最も歌に適さない言語」

 

これはもう音楽をやる人間の中では定説だ。

 

最近、JPOPを歌う歌手が喉を傷める症例が多く報告されている。コンサートの中断や中止、再開後も元通りにならない歌声。

昨年も何人もの歌手がそのような現象に陥った。それもどちらかと言えば長く歌ってきた歌手に見られた。

歌手の職業病とも言うべきポリープや結節まで行かなくとも、発声障害のような事例は多く見られる。

 

JPOP歌手や俳優の声帯を専門に診る耳鼻科の医師の説を簡単に要約すれば、日本語の発音の特異性そのものが、声帯の機能に負担をかけるものであり、特に無声子音を伴う音(カ行・サ行・タ行)を高くする音の移動で歌う時に声帯は極めて速いスピードで精密な調節を遂行することになるらしい。最近のJPOP曲の傾向である高音地声を維持しての音程変化が激しいメロディーが、声帯に非常な負担をかけている、と聞いた。

即ち医学的言語的見地に立っても、日本語で歌を歌うことが喉に負担をかけ、また歌手はその危険性を持ちながら日々歌っているということになる。

日本語を母語とする日本人ですら、このように日本語で歌うことは難しい。ましてや韓国人であるジェジュンが日本語で歌うときの声帯のコントロールは、極めて難しいということになる。

その前提をどこかに置き忘れさせるほど、彼の日本語の歌は自然であるとも言える。

 

日本でこれだけ生活をし、仕事の交渉をし、活動も日本語で行い、多くの日本人と交流すれば、日常生活の中で多くの日本語をシャワーのように浴びる。日本語を深く理解すればするほど、日本語そのもの長所も短所も同時に獲得することになり、外国人が日本語を発音しているというよりは日本人の日本語の発音に近くなると想像する。そうなることで、日本語で歌うポジションも日本人のそれに近くなる状態が生まれるかもしれない。

そういう状態で日本語の歌を歌えば、それは前述のような負担を声帯にかけることに繋がっていく可能性は含んでいる。だから彼の高音部が以前のような歌声とは違うと感じるのかもしれない。

特に彼の「カ行・サ行・タ行」の発音はブレス音の効いた独特の発音になることが多い。それが日本語力がアップし堪能になったことから来る発音の特有さを獲得したメリットとデメリット面を併せ持つ状況なのだとすれば、彼はまさしくJPOP歌手になったのだということなのだろう。

 

「Love Covers」が高い評価を受けたのは、彼の日本語の歌唱力が日本人のそれを越えた点にあると多くの関係者が認めたからに他ならない。

日本人ですら日本語の言葉の世界観を現すことは難しいにも関わらず、韓国人である彼がそれぞれの楽曲の日本語の世界観を見事に具現化する表現力と歌唱力は、歌手としての根幹の力を内外に広く示すものだったと言える。

 

楽曲は歌手の手元に届いたとき、単に5線譜の上を羅列する音符でしかない。

その音符と言葉に息を吹き込み、楽曲に仕上げるのは歌手の力である。

楽曲が力を持ち、多くの聴衆に感動を与えるのは一重に歌手の表現力の賜物であり、歌手がその世界を具現化しない限り、楽曲は紙面上のただの音符と言葉の羅列から一歩も飛び出すことは出来ないのだ。

 

ジェジュンは韓国人であるというハードルを持ちながら、そのハードルを越えて歌手の根幹である「音と言葉の紙面に息を吹き込む」という最も重要な仕事をこの2年、日本語で行ってきた。

そこに「Love Covers」が高い評価を受け、多くのファンを獲得する理由があるのだと感じる。

 

「Love Covers」は不思議なアルバムだ。

連日、車中で鳴っている。もう何度聞いたかわからない。彼の甘い濃厚な歌声が中心の楽曲ばかりだ。

しかし、それらの曲は聴くたびに表情を変える。言葉の表情を変えるのだ。

甘く聞こえたり、切なく聞こえたり、様々な色合いを見せるのは、彼の日本語の音節に様々な色合いがあるからに他ならない。

そしてその言葉の色合いは、聴き手側の心に沿った音色に変わる。それは、彼が日本語を深く理解し、その言葉から感覚的に言葉に色合いを与えるからに他ならない。

この言語色彩感覚が彼は非常に優れていると感じる。

それは韓国人である彼だからこそ、持てる能力であるのかもしれない。

 

優れた言語色彩感覚を持つ彼が、3年目の歌手活動をどのように行っていくのか非常に興味深い。

 

「40、50まで歌い続けたい」と言った彼の言葉は、間違いなく日本での歌手活動を念頭においたものだったと感じる。

韓国人の彼が日本の業界でJPOP歌手として長く活動することが日本の音楽業界や日本の歌手にどんな影響を与えていくのか、一人のファンとして見届けたいと思っている。

そして彼がこれからも活躍することを願っている。

 

紅ゆずるさんが文句なく私の一押しであるのと同じように、ジェジュンもまた私が音楽人として尊敬してやまない人です。

多くの歌手のレビューを書くにあたって、曲なりにも長年、専門家として歌をやってきた人間として、「歌うこと」の困難さは誰よりも理解しているつもりです。

今まで常に歌手の側に立ったレビューを書くことを心がけてきましたが、どうしても思い入れが強くなる記事があります。それはライターとしての未熟な部分で申し訳なく感じています。

この点を常に自省の気持ちを持ちながら、これからも書き続けたいと思いますので、ご理解頂けるよう、よろしくお願いします。